寡黙な公爵と託宣の涙 -龍の託宣3-
「力をお使いになられてお腹が空いたでしょう? 今日はヴァルト様のお好きな焼き菓子ですよ。これをお食べになったらお昼寝の時間です」

 納得がいかない顔で、それでもジークヴァルトは素直に頷いた。マテアスに任せておけばいい。父親の言葉には、ちゃんと従うつもりのようだ。
 もくもくと無言で菓子を頬張る(あるじ)を微笑ましく見やり、マテアスは一冊の絵本を取り出した。子供用の寝台にジークヴァルトを寝かせ、いつものように読み聞かせる。

 この絵本は、勇敢な騎士が悪者から姫君を救う物語だ。騎士が馬を駆るシーンがお気に入りで、ジークヴァルトはそのページばかりをせがんでくる。そのくせ姫君に忠誠を誓う場面になると、興味が薄れていつもすぐに眠ってしまう。

 わざとその部分をゆっくり丁寧に読むと、案の定ジークヴァルトはあっさり眠りについた。ほっとして絵本を閉じる。年を経るごとに(あるじ)の要求は難易度が上がっていく。言葉は短いが、ジークヴァルトは割と理屈でものを言う。うまく丸め込まないと、かんしゃくを起こして手が付けられなくなることもしばしばだ。

 (つか)()の安息の時間を手に入れて、マテアスは小さく息をついた。今のうちに読みかけの本を読みきってしまおう。ジークヴァルトの優秀さに、嫉妬すら覚えることがある。五つも年下の(あるじ)に先を越されては、支えるどころか足手まといになってしまう。意気込んで、マテアスは机へと向かった。

 まどろみからはっと顔を起こす。本を読みながらいつの間にか突っ伏して眠ってしまっていた。しんと静まり返る部屋の中、慌ててジークヴァルトの様子を見に行った。しかし、眠っているはずの(あるじ)の姿がそこにはない。

 めくれた冷ややかなリネンに青ざめた。内鍵をかけていたはずなのに、廊下へと出る扉が開いている。血の気が引いて、マテアスは部屋を飛び出した。

 頭が真っ白になって、とにかく厩舎(きゅうしゃ)へ行くことしか思いつかなかった。あの時、迷わず父に助けを求めればよかったのだ。今でもマテアスは自責する。

 次に目にしたのは厩舎近くの庭で、血だまりの中、倒れ伏す小さな(あるじ)の姿だった――

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