寡黙な公爵と託宣の涙 -龍の託宣3-
     ◇
 夢うつつのまま、体を起こした。乱暴にリネンをまくり、そのまま寝台から降りる。条件反射のようにマテアスを探すと、隣の部屋でうつらうつらと舟を()いでいるのが見えた。
 ぼんやりとさっきまで見ていた夢の続きが頭に巡った。黒馬号の背に乗って、思うがままどこまでも走りゆく。

「シュバルツシャッテン……」

 もう会いに行くことでいっぱいだった。今までどんなに長くとも、一週間以上あの背に乗らなかったことはない。あたたかく引き締まった体躯。肌触りの良い美しい毛並み。手を伸ばせばいつでも柔らかな唇でやさしく()んでくる。

 黒馬号はジークヴァルトにとっていなくてはならない、そして、いて当たり前の存在となっていた。そんな愛馬にずっと会えないでいる。

 扉の錠を開き、ひとり廊下へと出た。人の気配のしない先を迷わず進む。

 ジークヴァルトは知らなかった。屋敷内のよく行く場所は、小さくとも父の力が施されていることを。弱い異形は(おび)えるばかりで、決して近づいて来ようとはしない。その脇を通り抜け、厩舎(きゅうしゃ)をひたすら目指した。(うまや)の独特のにおいが鼻をつく。あと少しで会える。そう思うと胸が高鳴った。

 屋敷を出て、厩舎まではほんの短い道のりだ。だが、庭に足を踏み入れた瞬間、前触れなくジークヴァルトの小さな体は横殴りに吹き飛ばされた。

 あまりの衝撃に何が起きたのかがわからない。痺れるような痛みに顔を上げることもままならず、考える前に次の衝撃がやってきた。

 地面に落ちる暇すらなく、高く低く、ただゴムまりのように上下左右に翻弄(ほんろう)される。絶え間ない痛みと熱と恐怖だけが支配した。なすすべもなく、どす黒い塊は悪意と憎しみを叩きつけてくる。最後に大きくバウンドして、ジークヴァルトの体は厩舎の手前まで人形のように滑って転がった。

 目の前に迫るのは異形の塊――身の毛もよだつ(けが)れた気配に、焼けつくような熱さと()てつくほどの寒さを同時に感じた。

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