寡黙な公爵と託宣の涙 -龍の託宣3-
 口の中が血の味であふれている。(えぐ)ったような傷を無数に負い、足はあらぬ方向を向いていた。地べたに()いつくばりながら、ジークヴァルトは(わず)かに顔を上げた。まぶたが腫れあがり、(とど)まることを知らない血が目に流れ()る。その先はよく見えず、異形たちの気配だけが際限なく膨れ上がって、止めようもなく歯ががちがちと耳障りな音を立てた。

「誰か……たすけて……」

 こんなときはいつでも屈強な大人たちが、自分を背に立ちはだかった。襲い来る異形の者に臆すことなく対峙して、傷を負ったあとも誰もが誇らしそうな顔をした。

「いやだ……怖い」
 今その声に応える者はいない。ただ自分の嗚咽(おえつ)と歯が鳴る音があたりに響く。

 ふと上げた視線の先に、守護者(ジークハルト)が浮かんでいるのが視えた。すがるように、(きし)んで動かない手を懸命に伸ばす。

「たすけて、ハルト……」

 消え入りそうなその声に、ジークハルトは少し困ったように首を傾けた。いつものように胡坐(あぐら)をかいたまま、ジークヴァルトを静かに見下ろしてくる。

『大丈夫。ヴァルト、君は死なないよ』

 やさしく紡がれた言葉の意味を理解する前に、ジークヴァルトの体が再び宙を舞った。その様子を守護者はただ黙って見つめている。

 こと切れる寸前まで追いやられ、(とど)めの一撃とばかりに狂ったように襲い掛かる。ジークヴァルトの口からは、もはや悲鳴すら漏れなくなった。一向に助けが来る様子のない屋敷を、守護者はじっと見やっている。

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