寡黙な公爵と託宣の涙 -龍の託宣3-
     ◇
「ジークヴァルト様、お食事ですよ」

 あの日以来、(あるじ)は何もしゃべらなくなった。薄暗い部屋で(ひざ)を抱え、無表情でじっと一点を見つめている。食べ物を口に詰め込まれても、意味をなさないようただ咀嚼(そしゃく)する。

 死なないためだけに生きている。そんないたたまれなさをマテアスは感じた。

 ジークヴァルトの祖母は意識が戻らないまま亡くなった。辺境の地で葬儀はしめやかに行われ、公爵家は悲しみに沈みながらも、以前と変わらぬ日々を取り戻していた。(あるじ)だけが引きこもったままだ。時間を止めたかのようなこの部屋で、マテアスはジークヴァルトにひたすら尽くした。


「ねえ、シュバルツシャッテンが死んだって本当? ジークヴァルトはまだ(こも)りきりなの?」

 ある日、姉であるアデライーデが部屋に訪れた。アデライーデは長い間、危険に巻き込まれないようにと辺境の(とりで)に預けられていた。ジークヴァルトにかかりきりでいる両親のことを、彼女は(こころよ)く思っていない。

 たまに顔を合わせても、この姉弟は常によそよそしい。滅多に会うことのない境遇がそうさせるのだろうが、それはアデライーデの気持ちのあらわれそのままだった。

「シュバルツシャッテンはヴァルト様を(かば)って死にました。そのせいでヴァルト様は……」
「……そう」

 アデライーデもフーゲンベルク家の人間として、幼少期から馬を大事にしている。愛馬を亡くした弟に、同情的な視線を向けた。しかし、それ以上何も言うことなく、すぐに部屋をあとにした。


 腫れ物を扱うように、屋敷中が接する。両親であるジークフリートとディートリンデですら、ただ見守るようにジークヴァルトの回復を待つだけだ。変化の(きざ)しの見えない(あるじ)を前に、マテアスだけがどうしようもない絶望を感じていた。

 ――あの日、自分さえ目を離さなければ

 慟哭(どうこく)のような、雄叫(おた)びのような。そんなジークヴァルトの叫び声を、マテアスはいまだに忘れ去ることができない。


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