寡黙な公爵と託宣の涙 -龍の託宣3-
 そんな日々がしばらく過ぎて、辺境の砦から前公爵のジークベルトがやってきた。他国の侵攻から国を守るための砦を空けることはできないと、入れ替わりのように息子のジークフリートが辺境の地へと向かわされた。

「ジークヴァルト、話がある」
 突然の祖父の訪れに、動かなかった青の瞳が揺れた。ジークベルトから贈られた美しいあの馬は、自分の盾となってむごたらしく死んでしまった。

 言葉が出ないままの二の腕を掴んで、ジークベルトは無理矢理に部屋の外へと連れ出した。止めることもできずに、マテアスはただその背を追いかける。

 (おび)えるジークヴァルトを引っ張りながら無言で進む。そんなジークベルトに、みなは黙って道を開けた。現役時代、ジークベルトは誰よりも頼れる当主だった。代替わりして十年近くは経つが、いまだに彼を慕う使用人は数多い。

 ジークベルトが向かった先は厩舎だった。あの日以来訪れることのなかったこの場所に、ジークヴァルトの瞳に再び恐怖が宿る。

 ()()の香り。土に混じる馬のにおい。今はするはずのない、錆びた鉄のような臭気。

 それでも引きずるように中へと連れていかれ、ジークヴァルトは硬直したまま身じろぎすらできなかった。ジークベルトは自身の馬を用意させ、有無を言わさずジークヴァルトをその背に乗せる。すぐさま自らもその後ろに(またが)った。

 ついて来いとも来るなとも言われなかったが、マテアスは迷わず自分の馬を引いた。俊足で駆ける馬は遥か彼方もうゴマ粒のようで、懸命にその後ろ姿を追いかける。

 ふたりを乗せた馬は風を切り、屋敷の裏の小道を一気に駆け抜けていく。異形が一匹たりとて近づけぬよう、ジークベルトはあたり一帯を威圧した。

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