寡黙な公爵と託宣の涙 -龍の託宣3-
     ◇
「え? 新しい侍女?」
「はい、なんでもデビューを来年に控えたご令嬢が、行儀見習いでいらっしゃるそうで。お嬢様に淑女としてのお手本を見せてほしいとのことらしいです」
「そう。でもそれなら侍女でなくてもよいのではないかしら?」

 ある日エラからそんな話をされて、リーゼロッテはこてんと首を傾けた。

「子爵家のご令嬢と伺っておりますので、公爵家に客人として迎えることができないのかもしれませんね」
「貴族階級って本当に難しいわね」

 難しいというより面倒くさいというのが本音だ。だが自分が言ったところで何が変わるわけでもない。そう思ってただ眉を下げた。そんなリーゼロッテにエラは少し困った顔になる。

「そのご令嬢はつい最近子爵家に養子に迎え入れられたとのことで、どうやら今まで市井(しせい)でお育ちになった方らしいのです」
「まあ、市井で」

 いわゆる庶子(しょし)というやつだろう。いきなり貴族に籍を置き、デビューまであと一年。そうなると相当な努力を要求されることは想像に(かた)くない。何しろ貴族の令息(れいそく)令嬢は、子供のころから礼儀作法を叩き込まれて育つ。付け焼刃(やきば)で飛び込めるほど、社交界はやさしい世界ではなかった。

「それに……養子に迎え入れたのは、ブルーメ子爵家とのことでして」
「それでわたくしに白羽の矢が立ったのかしら……?」

 ブルーメ子爵家は実父であるイグナーツの生家と聞いている。だがイグナーツはラウエンシュタイン公爵家に婿入りし、その娘であるリーゼロッテはダーミッシュ伯爵家の養子となった。親戚ではあるものの、ブルーメ家の人間とは面識すら持っていない。

「お嬢様のご負担が増えるのかと思うと、エラは心配です」
「ありがとう、エラ。でもその方もきっと、わからないことだらけで困ってらっしゃると思うの。できる限りお力になって差し上げたいわ」
「お嬢様がそうおっしゃるのなら、わたしも力を()くさせていただきます」

 その返事にリーゼロッテはうれしそうにほほ笑んだ。久しぶりの自然な笑みに、エラは少しだけほっとする。しかし礼儀作法もなっていない人間など、できるだけリーゼロッテに近づけたくはなかった。

(どうか面倒な令嬢でありませんように)

 リーゼロッテのために、ただ祈るしかないエラであった。

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