寡黙な公爵と託宣の涙 -龍の託宣3-
     ◇
 廊下を進みながらエラは小さくため息をついた。使用人たちによるプロポーズが、日に幾度も繰り返されている。誰に申し込まれようと返事は変わらないということに、そろそろ気づいてほしいものだ。

 ふと廊下に落ちた一輪の花が目に入る。切り花の命は(はかな)く短い。断るたびに投げ捨てられるあの花たちが、エラは可哀そうに思えてならなかった。こんな茶番がおきなければ、もっと長く咲き誇れたろうに。
 しかしあの花は了承の(あかし)だ。それをエラが手に取るわけにいくはずもない。

 先を見やると、壁際に飾られた花瓶が目に入った。廊下に落ちているものと同じ花が()けてある。飾った使用人が気づかず落としていったのだろう。
 これは自分のせいで投げ捨てられた花ではない。それが分かるとエラは、その一輪の花を拾って花瓶の中へと差し込んだ。

(少し(しお)れてしまっているけれど……)

 開きかけた(つぼみ)が綺麗に咲くように。そう願いながらエラはその場を離れた。今からリーゼロッテを迎えにいくところだ。まだ時間に余裕はあるが、無性に早くその笑顔が見たかった。

 普段行かない場所は危ういが、公爵家の廊下も迷くことなくひとりで歩けるようになった。そんなことを思った矢先、エラはいつの間にか人気(ひとけ)のない場所にきていたことに気がついた。

 しんとした静けさが廊下を包む。エラはさっと顔を青ざめさせた。

(気を抜いているからこういうことになるのよ!)

 慣れたころが一番慢心(まんしん)しやすい時期だ。そんなときに大きなミスを犯す同僚を、エラは数多く目にしてきた。自分の失態を呪いながら、エラは誰か人がいないか周囲を見渡した。

 耳をそばだてるも、遠くに声さえも聞こえてこない。(とどこお)った空気の流れを感じると、ここは滅多に人が通る場所ではないのかもしれない。

(とりあえず来た道を戻ろう)

 いくつも曲がり角がある廊下を間違いなく戻れる自信はなかったが、このまま進むよりはましに違いない。そう思い、エラは慎重に歩を進めた。しかし行けども見知った場所にたどり着けない。焦りが不安に変わったころ、遠くから誰かの足音が聞こえてきた。

「エーミール様」

 こちらに近づいてくる姿を認め、エラは安堵のあまり一気に気が抜けてしまった。思わず小走りに駆け寄るも、はっとして途中で歩みを止める。

 見上げたエーミールのその顔は、今まで見たこともない怒りに満ちたものだった。

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