寡黙な公爵と託宣の涙 -龍の託宣3-
     ◇
(エラがヨハンの求婚を承諾(しょうだく)した)

 その受け入れがたい言葉だけが、思考のすべてを占拠(せんきょ)する。エラが誰と結婚しようが自分には関わりのないことだ。そんなことすら思い浮かばないほど、エーミールの頭には血が上っていた。

 父であるグレーデン侯爵に呼ばれ、エーミールはしばらくフーゲンベルク家を離れていた。その間にジークヴァルトは異形に襲われ大怪我を負い、敬愛する主人の大事に力を貸すことすら叶わなかった。

 それに戻ってすぐに、マテアスが危険な荒事(あらごと)をエラに教え込んでいるとの話も聞きつけた。そのことに一言(もの)(もう)そうとしていた矢先のことだ。先ほどの信じがたい事実を知ったのは。

 かつてないほどに集中し、屋敷中エラの気配を探す。一角をゆっくりと移動しているのをみつけて、エーミールはひたすらそこを目指した。

 奥まった廊下にいたエラは、自分を見つけて駆け寄ってくる。許せない。そんな安心しきった顔を見せるくせに、ヨハンのものになろうというのか。

「エーミール様……?」

 戸惑いを含んだ声が自分の名を呼ぶ。その瞳に苛立ちを覚えて、エーミールは乱暴にエラの手首を掴み取った。強張(こわば)った体を逃がさないようにと、すかさずその背を引き寄せる。

「そんなに爵位持ちがいいのか?」
「え……?」
「とぼけなくていい。子爵夫人の地位に目がくらんだのだろう?」

 ぎりと睨みつけるとエラは目を泳がせた。

「一体何のお話ですか?」
「はっまだしらを切ろうというのか? 無欲そうな顔をして、エラ、あなたがこんな狡猾(こうかつ)な女だったとは驚きだ」
「そのように言われる(いわ)れはございません」

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