寡黙な公爵と託宣の涙 -龍の託宣3-
     ◇
 自室の扉を開けて、エラを(いざな)う。誰にも見られていないことを確かめて、マテアスはその扉を閉めた。

「散らかっていて申し訳ありません。何しろ部屋には()に帰るだけなものでして」

 ソファに投げ捨てられていた衣類をかき集めて、軽くソファの(ほこり)をはたく。テーブルの上に積まれていた書類を脇に()けてから、マテアスはエラを座らせた。

 色を失くした唇のまま、エラの瞳から再び涙が(あふ)れ出した。ほっとして気が(ゆる)んだのだろう。何も言わずにマテアスは、懐から取り出したハンカチをエラの手に握らせる。
 それを顔に当ててエラは(こら)えるように歯を食いしばった。エラのするがままにさせて、マテアスは静かにその場を離れた。

 部屋に備え付けられた小さなキッチンで湯を沸かす。手際よく温めたポットに紅茶の葉を入れると、マテアスは勢いよくその中に湯を注いだ。すぐさまティーコジーをポットにかぶせると、ひょいと砂時計をひっくり返す。

 砂が落ちきる前に戸棚を探る。ロミルダに見つからないようにと隠しておいた焼き菓子を取りだした。ジークヴァルトと違ってマテアスは甘いものが大好きだ。疲れた時や特別に頑張った時のご褒美に、王都で流行りの甘味をいただくのがマテアスの唯一の楽しみだった。

 そのとっておきのパウンドケーキを、惜しげもなく皿に綺麗に並べ置く。今出し惜しみなどしたら、男が(すた)るというものだろう。

 タイミングよく落ちきった砂をみやり、マテアスはカップに紅茶を注ぐ。広がった甘めの芳香と一緒に、マテアスはエラの元へと戻っていった。

 少し落ち着いてきた様子のエラの前に、紅茶と焼き菓子をサーブする。ハンカチを握りしめたまま反応を見せないエラの前で、マテアスは静かに片膝をついた。

「エラ様」

 呼びかけに仕方なく顔を上げたエラの口に、マテアスはひと(すく)いのケーキを差し入れた。するりとフォークを抜くと、ケーキはうまい具合に口の中に納まったようだ。目を丸くしているエラの顔を覗き込むようにして、マテアスはいたずらが成功した子供のような顔を向けた。

< 326 / 403 >

この作品をシェア

pagetop