寡黙な公爵と託宣の涙 -龍の託宣3-
     ◇
 手綱を手渡すと使用人の男は恐々(こわごわ)とそれを受け取った。デルプフェルト家に帰るのは一年ぶりだ。自分に対する家人のこんな態度はいつものことなので、気にも留めずにカイは屋敷の中に入っていった。

「お帰りなさいませ、カイ坊ちゃま」
「出迎えはいいって言ってるのに」
「そういう訳にはまいりません。カイ坊ちゃまはベアトリーセ様の唯一の御子であらせられます」

 ベアトリーセはカイの母親だ。デルプフェルト侯爵の正妻ではあるが、この世を去って久しかった。出迎えた家令がカイを「唯一の御子」と言ったのは、父親が後妻を(めと)ろうとしないためだ。
 しかし、カイには兄弟姉妹がベッティを含めて九人いる。それもすべて母親が違うのだから、呆れるより他はない。カイが五男であることを考えると、正妻にどれだけの愛情を感じていたかは推して知るべしと言うところだろう。

「もうみんないる?」
「ほとんどの方がお集まりです」
「そっか、ありがとう。とりあえず行ってくるよ」

 ひらひらと家令に手を振って、父のいる部屋へと向かう。毎年行われるこの茶番は、茶番だけに無駄としか思えない。そう思いつつも、律儀に付き合ってやっている自分はつくづく人がいいと思うカイだった。

「カイ兄様!」
「やあ、ジルヴェスター、随分と大きくなったね」

 いきなり飛びついてきた末の弟を抱き上げる。デルプフェルト家でカイを歓待するのは、先ほどの家令とこのジルヴェスターだけだ。

「前に会ってからもう丸っと一年ですよ。一度も帰って来ないなんてひどいです」
「ごめんごめん。オレもいろいろと忙しくて」

 ジルヴェスターは琥珀色の瞳を輝かせ、うれしそうにカイの頭をぐしゃぐしゃにしてくる。そんな弟を抱えたまま、カイは目的の場所まで歩いて行った。
 サロンの入り口で下に降ろすと、ジルヴェスターはノックもせずに勢いよく扉を開けた。中の喧騒が廊下に漏れて出る。部屋には七人ほどの人間がいた。いきなり飛び込んできた末の弟に一瞥(いちべつ)をくれただけで、先に待っていた兄弟姉妹は、酒や煙草を片手におしゃべりに興じたままだ。

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