寡黙な公爵と託宣の涙 -龍の託宣3-
 だがそれはカイがサロンに足を踏み入れるまでのことだった。カイの姿を認めると、この場にいる誰もが警戒したように押し黙る。しんと静まり返った中、臆することなく歩を進めた。上座に座るデルプフェルト侯爵の前まで行くと、カイは形式ばかりの礼を取った。

「父上、ご無沙汰しております。相も変わらずご健勝の様子。 何よりです」
「ようやく来たか……」

 黒の瞳を細め、つぶやくように言う。

「オレが最後ですか?」

 サロンを見回すと、ほとんどの者がさっとカイから視線を逸らした。次兄だけが忌々しそうに睨みつけてくる。

「エリザベスがおらぬ」
「彼女なら今、任務中ですよ」
「なんだ、つまらぬな」

 すねた子供のように言う父親を前に、カイは軽く肩をすくませた。

「その一環でもう屋敷にはいますから。顔を出すように言ってあるので、そのうち来ますよ」

 それでも不服そうにしている侯爵は、ひじ掛けに頬杖をついたまま子供たちに向けて、追い出すように手を振った。

「他の者はよい。カイ、近くへ」

 カイにだけ手招きをする。そそくさとほとんどの者が出ていくが、不服そうに次兄だけがしばらくその場に立っていた。しかし、父親の関心が自分に向かないことがわかると、舌打ちをしてサロンを後にした。
 乱暴に扉が閉められると、侯爵が再び手招きをしてくる。

「もっと近くへ」

 言われるがままカイは侯爵の目の前まで歩を進めた。次に言われるだろうことはわかっていたが、それを言われるまでカイは黙って父親を見下ろしていた。

「膝を」

 愉快そうな声音で侯爵は言った。そしてカイは静かに膝をつく。毎年のことだ。この男はとうに正気ではないのだろう。

< 334 / 403 >

この作品をシェア

pagetop