寡黙な公爵と託宣の涙 -龍の託宣3-
 はじめは必死に抵抗もしたが、ブルーメ家へ向かう馬車の中、イグナーツから母からの手紙を渡された。
 今後のことはイグナーツに従うこと。そうすれば衣食住に困ることはない。今までひもじくつらい思いをさせて本当に悪いことをした。ふがいない母を許してほしいと、その手紙にはアニサの文字で綴られていた。

 それが母の願いとあれば、ルチアは黙って従うしか他はない。ただ、最後までかつらをはずすのだけは抵抗があった。それも今ではもう慣れてしまった。鬱陶(うっとう)しい前髪から解放されて、今では視界もオールクリアな毎日だ。

 鮮やかな赤毛は夜会仕様に美しく結い上げられている。ベッティにやってもらったが、おかしな侍女のわりにはその仕事ぶりは口だけではないようだ。

「うん、だがわしもルチアのような娘を持てて、実はうれしく思っているのだな。それを信じてくれると、わしもうれしく思うぞな」
「そう言ってもらえてうれしいです……お義父様」

 嘘偽りない言葉を口にする。その時初めてルチアは、素の笑顔を子爵に向けた。

「では行くとするかな、うん」

 使用人による声掛けに、ブルーメ子爵はルチアへと肘を差し出した。そこにルチアが手を添えてくる。

 並び立ち控えの部屋を出る。ここから先は未知の世界だ。なにしろブルーメ家は、今まで王家に属することもない中立の立場の貴族だった。毒にも薬にもならない日和見の立ち位置で、波乱もなく平穏な日々をただ送ってきた。

 だが、ブルーメ家は王家の者の色彩を持つ少女を迎え入れた。そのお披露目が、王家に膝をつくデルプフェルト家で今まさに行われようとしている。いかに愚鈍(ぐどん)な自分にも、与えられた役割はわかるというものだ。

「わしも貴族の端くれ。それらしい働きをするのもまた勤めよの」

 つぶやいてブルーメ子爵は、その一歩を踏み出した。

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