寡黙な公爵と託宣の涙 -龍の託宣3-
     ◇
 街道を行く馬車は、始終会話もなく進む。膝の上に乗せるのはやんわりと断られてしまった。夜会前にドレスにしわが寄るのは嫌だと言われては、強引に乗せることもできないだろう。
 帰りならばいいかと問うと、彼女は困ったような顔のまま小さく頷き返してきた。

 マテアスにはあまりしつこくするなと言われている。ただ触れて、こちらに顔を向けてほしい。たったそれだけのことが、自分には難しく思えて途方に暮れた。

 笑顔にするのはなおままならない。
 彼女にはいつでもそうであってほしいのに――

 暮れなずむ街並みを抜け、ほどなくして馬車はデルプフェルト家へと到着する。

「ダーミッシュ嬢、手を」

 降り際に手を差し伸べると、悲しそうな顔のまま彼女はそっと上に添えてきた。馴染(なじ)んだこの手のひらも、触り飽きることもない。あのまま馬車にふたりきりでいられたら。そんなふうに思う自分は相当おかしなことになっている。

(惚れた相手の前では男はみな阿呆になる、か……)

 マテアスに言われるまで、このくすぶる思いの正体が何なのか、まるで理解ができないでいた。彼女は初恋の相手だろうと今まで幾度か誰かに言われた。だが、恋と聞いてもピンとくる何かを、自分の中に見出すこともできなかった。

 彼女の歩調に合わせるのは、今では当たり前のことだ。この足取りも、添えてくる手も、肩も、背も、耳も、唇も何もかも。彼女のありとあらゆるものが小さくて、それすら愛おしく感じてしまう。胸の奥がざわつき始めるのを感じて、ジークヴァルトはその顔を強くしかめた。

 ここで公爵家の呪いを発動させるわけにはいかない。リーゼロッテをエスコートしながら、腹に力を入れたままジークヴァルトは夜会の喧騒へと向かっていった。

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