寡黙な公爵と託宣の涙 -龍の託宣3-
「ん? 何だかたのしそうだね?」
「か、カイ・デルプフェルトっ!」

 いきなり背後を取られたニコラウスは、思わず大声で叫んでいた。てんぱりすぎてカイを呼び捨てたことにすら気づかない。

「やあ、ブラル殿とは初めましてかな? 噂はかねがね聞いてるよ」
「ひょっ! そんな……かの有名なデルプフェルト様に認知されているとは……! オレ、この前のフーゲンベルク家の騒ぎの調書、めちゃくちゃ感動したっす。あんな素晴らしいもの、今まで見たことなくって」
「ああ、泣き虫ジョンのだね。はは、あれはオレもなかなかの力作だと思ってたんだ。ありがとう」

 言っても、リーゼロッテの言葉をそのまま清書しただけである。あれほど簡単な調書はなかったと思っているカイだった。

「カイ・デルプフェルト……()()の貴様がどうしてここに……!」
「やだなぁ、グレーデン殿。ここオレん()だって。さすがに今日は勘弁してよ」

 軽く肩をすくめて言う。あんな騒ぎの後だ。ジークヴァルトが心配だろうと思って、わざわざ政敵の家の人間であるエーミールにも招待状を送ってやったのだ。
 それが分かっていたエーミールは、ぐっと口をつぐんだ。ニコラウスだけがぽかんとふたりのやり取りを見守っている。

「ん?」

 ふと遠くに違和感を覚え、三人は同時にそちらへと視線を向けた。まっすぐ伸びた廊下の先、その奥から緑の何かが迫って来ている。

「「「ぬおおおおおぉおおおぉおうっっっ!」」」

 次の瞬間、緑は三人の間を爆風のように走り抜けた。圧倒的な力にねじ伏せられるように、頭からつま先まで下に押し付けられる。
 あっという間に過ぎ去った重圧に、三人はもれなく床へと這いつくばっていた。やっとの思いで顔を上げると、辺りを満たすのは清々(すがすが)しいほどの澄んだ空気だ。

 その覚えのある清廉(せいれん)な力に、いちばんに反応したのはカイだった。

「あんのふたり……! オレを殺す気かよ!」

 がばりと身を起こし、力が向かって来た方向へと即座に走り出す。

「……ジークヴァルト様!」
 はっとしたように、エーミールがそれに続いて走っていく。

 俊足で遥か向こうに消えていったふたりに、ニコラウスだけがただぽかんと廊下に取り残されたのだった。

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