寡黙な公爵と託宣の涙 -龍の託宣3-
     ◇
 ジークヴァルトはリーゼロッテの淑女の笑みが嫌いだ。いや、気に入らないと言った方が正しいのかもしれない。

 貴族令嬢として文句のつけどころもない笑みだと、ジークヴァルトも分かってはいる。だがあの笑みが誰にでも向けられることが、どうしようもなくおもしろくなく感じられた。

 目の前の壁にかかる肖像画を見上げた。そこにいる幼い彼女は、ずっと変わらずこちらに笑みを向けている。光り輝くようなこの笑顔をはじめて見た時こそが、本当は恋に落ちた瞬間だったのかもしれない。

「マテアス、オレは本当に阿呆だな」
「そうお思いになるならもっと努力をなさっては」
「マテアスが用意した本はすべて目を通した」
「いかがでしたか?」
「……よく分からん」

 ジークヴァルトは小さく眉間にしわを寄せた。マテアスが持ってきたのは、恋愛指南書と恋愛小説と言われるものだ。指南書はこういう場合はこうしろということが書かれているのでまだいいのだが、小説に至ってはまったくもって理解ができなかった。

「すべてを鵜吞(うの)みにしろとは申しませんよ。ああいったものは、()に落ちた部分だけを取り入れて、自分の中に落とし込むものです」

 それならば分からないでもない。形にならないこの感情に、名前がついていることだけは知ることができたのだから。

「なんにせよ、リーゼロッテ様もヴァルト様に思いを寄せているご様子。わたしも安堵いたしました」
「オレはまだ彼女に何も聞いていない」
「聞かずとも、見ていれば分かると言うものです。ですがあのご様子では、リーゼロッテ様に愛を(ささや)くのは今はまだ待った方がよさそうですねぇ。とにかく力の制御を覚えていただかないと」

 触れると彼女は恥ずかしそうにこちらを見てくれる。それがうれしくて、ついこの指を伸ばしてしまう自分がいた。

(うれしい、か……)

 (おのれ)の中で、ずっと忘れ去られていた感情のように思う。胸の奥が熱くなって、いてもたってもいられなくなった。

(顔が見たい)

 触れて、彼女を自分で満たしたい。こんな感情を、人は恋と呼ぶらしい。

 そして、彼女の目に映るものは自分ひとりだけでいい。彼女のすべてを、誰の目にもさらしたくない。この仄暗(ほのぐら)い感情は、嫉妬と呼ばれるものなのだと、ジークヴァルトはようやくそう理解した。

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