寡黙な公爵と託宣の涙 -龍の託宣3-
 ハイデは子供の頃から人ならざる者の姿が視えた。それは親兄弟にすら理解してもらえなかったが、ソレらは確かにどこにでも存在していた。

 周囲にいた異形たちが、興味深げにクラーラに近寄ってくる。しかし、手にする簪の影響か一定の距離を保ったまま、それ以上は進んでこない。この様子はここ最近、子爵家でも見られるようになった光景だ。

 クラーラは異形の者に取り憑かれやすい体質だった。本人にソレが視えていないのは、幸か不幸か。ハイデ自身、視えはしても何ができる訳でもなく、心の中で「クラーラ様~肩に異形が乗っておりますよ~」などと言うのがせいぜいだ。

 そのことを考えると、ここはやはり何も教えないのが得策だろうと、ハイデはクラーラに異形の者の存在も、その簪の力が確かに異形を寄せ付けないでいることも、何もかも黙って見守っていた。
 その簪を返さなくてはならないとなると、クラーラは『近寄ると不幸が移る令嬢』に逆戻りだ。

「クラーラ様、お待たせして申し訳ございません」

 茶会の主催者と思わしき令嬢の声がした。心が洗われるような、透き通った耳に心地よい声の持ち主だ。しかし、ハイデは思い切り身構えた。あの日の恐怖をまた目の当たりにするのだと、覚悟に覚悟を決めてから、ようやくの思いで声の(ぬし)を振り返った。

「ようこそいらっしゃいました。またお会いできてうれしいですわ」
「りりりリーゼロッテさまっ、ほ、本日はおまおまお招きありがとうございますっ」

 淑女の礼も何もない動作で、がばりと頭を下げたクラーラの横で、ハイデはぽかんとリーゼロッテの顔を見つめていた。その様子に焦ったように、クラーラが肘で脇をつついて来る。我に返ったハイデは、慌てて頭を下げてリーゼロッテに礼を取った。

「クラーラ様、今日は個人的なお茶会ですから、そう緊張なさらないで。……あら? あなた、どこかで会ったことがあるわね」

 こてんと可愛らしく首を傾けて、リーゼロッテがハイデの顔を見やった。

「その、わたくしの侍女のハイデは昔、ダーミッシュ伯爵様のお宅で働いていたそうなので……」
「そうよ! あなた、あの時の!」

 リーゼロッテがぽんと両手を重ねるのを見て、余計なことを言うなとハイデは思わずクラーラの顔を睨みつけた。

 それはハイデがダーミッシュ家の使用人として働きだして、間もなくのことだった。廊下を曲がったところで偶然出くわした伯爵令嬢の姿に、ハイデは大きな衝撃を受けた。
 妖精の様に愛らしい令嬢だと聞いていた。しかし、リーゼロッテはその小さな体に数多(あまた)の異形を(まと)わせた、悪魔のような令嬢だったのだ。

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