寡黙な公爵と託宣の涙 -龍の託宣3-
     ◇
 カーク家の廊下を歩きながら、ヨハンは巨体を丸めてエラの顔を覗き込んだ。

「さっきはブランシュが失礼した」
「え? いえ、本当に気にはしておりませんので。ですが、ブランシュ様は少し幼い印象の方ですね……」

 リーゼロッテへの受け答えも、子爵家の令嬢ならば完全にアウトな振る舞いだ。相手がリーゼロッテだからよかったものの、といった所だろう。

「ブランシュはあと数年で社交界デビューを迎える。オレも何とかしたいと思っているんだが……」

 ヨハンは小さくため息をついた。

「実はブランシュの母親は市井の女性で、オレとは腹違いなんだ。子爵家に迎え入れたのも数年前のことで、いまだ作法が身につかなくてだな」
「そうでしたか」
「いや、オレの母はブランシュが生まれる随分と前に亡くなっている。その事で父上を責める気はないんだ。だが、もっと早くにふたりを家に迎えてやれていたらと思うと……」

 そこでヨハンは言葉を切った。いつの間にか立ち止まっていたヨハンを振り向き、エラもその歩みを止める。

「……ブランシュの母親は辻馬車に乗っている時に暴漢に襲われたんだ。ブランシュの目の前で殺されたらしい。ショックのあまりブランシュは、それまでの大半の記憶を無くしてしまった。目が見えないのも精神的なもので、機能的には問題ないと医師に言われている」
「そう……でしたか」

 言葉を失ったように、エラはようやくそれだけ口にした。

「ああっすまないっ急にこんな話をして! さあ、ここだ、入ってくれ」

 たどり着いた部屋の扉を開き、ヨハンは中へと促した。その部屋に足を踏み入れたエラが、目を丸くして感嘆の声を上げた。

「これは……!」

 一面の壁に美しい刺繍が飾られている。ハンカチサイズのものからタペストリーと言えるものまで、芸術と思える刺繍が所狭しと並んでいた。

「この部屋はカーク子爵家の女主人が、代々受け継いできた刺繍部屋なんだ。母親から娘に刺繍が伝わって、それぞれが力作を残すものだから、今ではこのありさまだ」

 ふらりと魅入られたようにエラは壁際まで歩いて行った。部屋に置かれた棚やテーブルの上は、色とりどりの刺繍糸や裁縫道具が取り揃えられている。

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