寡黙な公爵と託宣の涙 -龍の託宣3-
「ヨハン様……よろしければ、手に取って見てもよろしいでしょうか?」
「ああ、好きなだけ見ていってくれ」

 半ば放心したように問うてきたエラに、ヨハンは満面の笑みを返した。

「ちなみにこれはオレが刺したやつだ」
「これをヨハン様が! さすがです」

 目を輝かして言うエラに、ヨハンは巨体をもじもじさせた。

「ほら、以前ダーミッシュ伯爵家で約束しただろう? そ、その、ふたりで一緒に刺繍を刺そうと……」
「覚えていてくださったのですね。今公爵家で刺繍教室を開いているので、お時間が合いましたらぜひヨハン様もご一緒に!」
「あ、ああ……みなで刺す刺繍も楽しそうだな」

 しゅんとヨハンはうなだれた。エラは目の前の刺繍に夢中で、そんなヨハンの様子は眼中にない。

「オレが刺繍を続けているのも、いつかブランシュに教えてやりたいからなんだ」

 ふいの真剣な声に、エラはその顔を上げた。静かな目をしたヨハンと見つめ合う。

「母は早くに亡くなったので、オレは祖母から刺繍を習ったんだが、その祖母もすでに他界していてだな。代々カーク子爵家で大事に受け継がれてきたものだ。オレの代で失くすのも心苦しいだろう。これはもうオレが教えるしかないとなったんだ……」
「だからヨハン様の刺す刺繍は、こんなにも素晴らしいのですね。ヨハン様のそのお心が、そのまま刺繍にあらわれているように思います」

 エラはヨハンの手を取って、熱い尊敬のまなざしを向けた。

「そそそそのようなことはっ」
「そのようなこと、絶対にあります」

 真っ赤になって挙動不審になるヨハンに、エラは力強く頷いた。

「だって、こちらの刺繍など、このエラ、もうため息しか出てきません。あまりにも繊細で、美しくて……」

 刺繍を手に取り、エラがほうとため息をつく。そんなエラの横顔をヨハンは呆けたように見やっていた。

「いや……やはり美しいのはエラ嬢……君だ……」
「え? 今、何かおっしゃいましたか?」
「あ、いや、何でもない!」

 慌てたように、わちゃわちゃとヨハンは手を振った。

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