寡黙な公爵と託宣の涙 -龍の託宣3-
「あちらの一番上の引き出しが光って見えます」
「引き出しが? リーゼロッテ嬢はユリウス様のそばにいて。オレが確認するから」

 リーゼロッテが頷くと、カイはチェストの上段の引き出しを慎重に引いた。飾りのチェストだからだろう。そのいちばん小さな引き出しの中には、何も入れられていなかった。

「何もなさそうだけど」
「その奥に何かございませんか? 奥が光って見えますわ」

 カイは引き出しを完全に引き抜いた。片膝をついて、引き出しが無くなった暗がりを覗き込む。次いでその隙間に手を入れると、カイの指先に何か硬く冷たいものが触れた。

「鍵だ……」

 指に掴んだものは小さな鍵だった。それをしげしげと眺めた後、カイはその下にあった鍵付きの引き出しの鍵穴に、それを差し込んだ。何の抵抗もなく、その鍵が回る。

 ユリウスとリーゼロッテが遠巻きに見つめる中、カイはその引き出しを開けた。中をじっと見つめ、気配を探る。危険はないと判断して、カイはそこに入れられていた少し大きめの箱を取り出した。

「宝石箱でございますか?」
「うん、そうみたい」

 女性が好みそうな装飾が施された箱だった。

「近くで見てもよろしいですか? なんだか気になってしまって」

 奥書庫の時のように、やたらとその箱が自分を呼んでいるような気がする。きのこが生えている様子はないが、意識が惹きつけられて視線をそらすことができない。

「危険はなさそうだけど、一応気をつけて」

 カイは手にした箱をテーブルに置いた。頷いてリーゼロッテはそこまで歩を進める。慎重に手を伸ばし、指先が箱にそっと触れた。
 その瞬間、箱からオルゴールが流れだした。澄んだ音色が部屋の中を響き渡る。

「オクタヴィア……」

 物哀しく流れるその旋律は、オクタヴィアが唄っていたものだった。ジョンがいつも聞いていた、あの唄だ。

 刹那、指先に電流が走る。それはリーゼロッテの腕を伝い、脳の中に直接、膨大な量の記憶が流れこんできた。

 あたたかい日差しの中、駆け回る子供たち。やさしく包むのは最愛の人の大きな腕だ。微笑んで見つめ合い、柔らかく口づける。やがて子供たちはこの手を離れ、時折可愛い孫たちが会いに来る。そんな日々が繰り返される。

 脳裏に流れ込んでくる映像の渦は、オクタヴィアの記憶なのだろうとそう思った。映るままに任せて、そのイメージの海をただ(ただよ)った。

 五人の子供に大勢の孫やひ孫たち。愛する家族に見守られながら、その生涯を閉じる。オクタヴィアは天へと旅立った。
 満ちたりた人生だった。そう、心から感謝しながら――

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