寡黙な公爵と託宣の涙 -龍の託宣3-
 唄が聞こえる。オクタヴィアの唄声だ。

(ああ……これは哀しい唄なんかじゃない)
 ――オクタヴィアの、愛の唄だ

 生のよろこびを(たた)えた唄声が、リーゼロッテのすべてを包んでいった。熱く胸が締め付けられ、哀しくもないのに涙が溢れ出る。

「「リーゼロッテ」嬢!」

 両側からユリウスとカイに肩を掴まれ、リーゼロッテははっと意識を戻した。目の前にあるのは、手を伸ばしたままのオルゴール。音はやんでいたが、溢れ出す涙が止まることはない。

 震える指先のまま、リーゼロッテはオルゴールの蓋を開けた。箱の中には、ひとつのカフスボタンがころんと入れられていた。
 青い石がついたそれを手に取ると、オクタヴィアの意識がふわりと流れ込んでくる。これはジョンの誕生日にオクタヴィアが贈ったものだ。思いの残渣(ざんさ)のような欠片が、リーゼロッテにそう教えてくれている。

「オクタヴィア……あなたはしあわせだったのね」

 思いの残渣に語りかける。それは朧気(おぼろげ)な人型をとり、揺らめきながらオクタヴィアの形となった。

「そう……そう……そうなのね……」

 その思いが流れ込んでくる。しあわせを手に入れたオクタヴィア。その生涯は愛に溢れ、満ち足りたものだった。ただひとつ、ジョンの事を除いて――
 オクタヴィアの唯一の後悔が伝わってくる。己を満たすために、彼を利用してしまった。それもあんなにもひどい(すべ)を用いて。

 同調するようにリーゼロッテの胸も締め付けられる。それでも飲まれてはいけないと、リーゼロッテは深い呼吸をゆっくりと繰り返した。

 そっと瞳を開き、オルゴールの奥に入っていた一通の手紙を取りだした。

『親愛なるジョバンニへ 
        オクタヴィア・カーク』

 封筒に書かれた文字に、指を滑らせる。その指先に感じるのは、ただあたたかな思いだった。

「カイ様、わたくし、ジョンに会いに行きますわ」
「え? それは、ジークヴァルト様がなんて言うかな……」
「ですから、カイ様もご協力くださいませ」
「協力?」
「ジークヴァルト様の説得ですわ」

 リーゼロッテの決意に満ちた顔に、カイは目を丸くした。

「やれるだけはやってみるけど、あまり期待しないでね?」

 カイの頼りない返事に、リーゼロッテは大きく頷いた。

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