野いちご源氏物語 三九 御法(みのり)
大将(たいしょう)様はご病室に戻られる。
<台風の日にちらりとお姿を拝見してから十五年になる。あれからずっと、もう一度お姿を見たい、お声を聞きたいと思っていたが、ついにお声は聞かせていただけなかった。今なら、亡骸(なきがら)ではあるがお姿を拝見できるだろう>
十五年願いつづけて、やっと得られた機会が亡骸とのご対面だと思うと涙がこぼれる。

混乱して騒がしくなった女房(にょうぼう)たちに「静かになさい」と注意しながら、さりげなくついたてを動かされる。
ほのぼのと夜が明けていくころだけれど、室内はまだ暗い。
ついたての奥では、源氏(げんじ)(きみ)(あか)りを近くに置いて、じっと(むらさき)(うえ)の死に顔を見つめていらっしゃった。
大将様が(のぞ)いておられることに気づいても隠そうとはなさらない。
亡くなってもなお美しいお顔を、誰かに見せたいような気がしていらっしゃる。

「眠っているだけのように見えるだろう。死んでいるのだ」
大将様に背を向けたまま、お(そで)で涙をぬぐわれる。
大将様もあふれる涙でお目が見えにくくなっている。
無理やり大きく見開いて亡骸をご覧になると、よけいに悲しく、動揺(どうよう)してしまわれる。

とくに整えてあるわけでもないけれど、お(ぐし)は豊かで美しい。
少しも乱れず、つやつやと輝いている。
源氏の君がおそばにお置きになった灯りで、お顔は白く光るように見える。
表情や仕草(しぐさ)で取りつくろうこともなく、ただ横たわっているお姿なのに、最高にお美しいの。
大将様は、ご自分の(たましい)がさまよい出て、紫の上の亡骸に吸いこまれていくような気がなさる。
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