野いちご源氏物語 三九 御法(みのり)
夏になると、暑さのせいでますますお命が危なくなることが増えた。
六条(ろくじょう)(いん)にお戻りになれるご体調ではない。
どこがお悪いというのではなく、全体的に衰弱(すいじゃく)してしまわれたの。
どうなっていかれるのか女房(にょうぼう)たちも心配して、目の前が真っ暗になるような気がする。

この夏を乗り越えられるかというご病状(びょうじょう)なので、明石(あかし)中宮(ちゅうぐう)様がお見舞いにいらっしゃることになった。
二条(にじょう)の院の東の離れをご用意して、(むらさき)(うえ)はお待ちになっている。
いつもどおりの儀式(ぎしき)で中宮様はお入りになったけれど、
<この儀式を拝見するのもこれが最後だろう>
と紫の上は悲しく思われる。
<ますますご立派になっていかれるところを、見届けることはできないのだ。しかし、これだけの貴族が大切にお仕えしているのだから、中宮様のご将来に不安はない>
(さと)()がりにお(とも)した、たくさんの貴族がつぎつぎと名乗るのを聞いて安心していらっしゃる。

ひさしぶりのご対面なので、中宮様と紫の上は(なか)(むつ)まじくお話しになる。
源氏(げんじ)(きみ)もお越しになったけれど、とても入りこめないような雰囲気(ふんいき)だから、
「私の居場所はありませんね。お先に休ませていただきましょう」
と、すぐにご自分のお部屋に帰ってしまわれた。
歩きながら涙ぐまれる。
<今日は起き上がる元気がおありだったようだ>
そんな小さなことさえよろこんでしまわれるほどのご容態(ようだい)なの。

紫の上は中宮様にお願いなさる。
「しばらく私もこちらの離れにいさせていただこうと存じます。中宮様に私の部屋へお越しいただくのは恐れ多うございますし、かといってたびたびこちらへ上がる体力ももうございません。こちらにおりましてゆっくりお目にかかりましょう」
それを聞いて、明石(あかし)(きみ)も六条の院から二条の院へやって来た。
中宮様と、ご生母(せいぼ)の明石の君、ご養母(ようぼ)の紫の上の三人で、しみじみとお話をなさる。

紫の上はご自分の死期(しき)が近いと気づいておられる。
でも、はっきりと遺言(ゆいごん)を伝えるのは、女らしくない利口(りこう)ぶった行為だろうと遠慮なさる。
世間の一般的な話として、命は永遠ではないということをさりげなくおっしゃるだけ。
深くお考えになったことを十分に言葉を選んで口に出される。
あれこれぺらぺらとお話しになるよりも、こういうご最期(さいご)の方が悲しくて、心細いお気持ちも伝わってくるの。

中宮様がお生みになった幼い(みや)様たちを見て涙ぐまれる。
「それぞれどんな大人におなりになるのでしょうね。いつ死んだってかまわない身ですけれど、それだけは拝見したくて、少し命が()しい気にもなるのでございます」
<悲しいことばかりおっしゃる>
中宮様はお泣きになる。

死を思わせるような話し方ではなく、あくまでさりげない感じで、女房(にょうぼう)たちのことまでお頼みになる。
「私の他に頼るあてがない者もおります。どうか中宮様もお気にかけてやってくださいませ」
そんなことばかりをお願いなさってから、ご病室にお戻りになった。
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