すれ違いだらけの婚約関係は、3年越しのファーストキスでやり直しましょう ~御曹司である婚約者が嫉妬深いなんて聞いてません!!~
(あーあ。目腫れちゃった。でも、泣いてスッキリしたかも。楓には感謝しないと)
マンションのエレベーター内で鏡を見ながら、ぼんやりと考える。
それにしても、アルコールの入った頭はふわふわと気持ちがいい。昨日はあれほど重かった足取りが、嘘のように軽い。
「ただいま帰りました」
夜も遅いため、静かに挨拶をする。靴を脱いでそのままリビングに戻ると、見慣れない後ろ姿がソファー越しに見えた。
(げっ、なんでリビングにいるのよ)
一瞬顔を顰めてしまったが、後ろを向いていては分からないだろう。
声をかける気になれなくて、静かにキッチンに向かう。水だけ飲んでさっさと自室に引きこもろう。
「おかえり」
唐突にかけられた言葉。一瞬、意味を認識できなかった。
「ぇ…、あ、ただいま帰りました…」
再び部屋に気まずい空気が流れる。テレビはついているものの、会話がなければ静かなだろう。
「今日も残業か?」
「…いえ、今日はその、…友人と居酒屋に行っていました」
「居酒屋?」
急に声のトーンが落ちる。
大抵、なんて返しても「そうか」で終わるのに、こんなに会話が続くなんて珍しい。
いやいやいや、現実逃避をしている場合ではない。さっさと会話を切り上げないと、メンタルが死ぬ。
「そうなんです。このままだと煙臭いでしょうし、お風呂入ってきますね」
「待て」
半ば逃げるように歩く。静止の声が聞こえた気がするが、聞こえないふりをして扉を閉めた。
ファインプレー、自分。このまま逃げ切ろう。
酔いもすっかり覚めてしまった中、着替えを抱えて脱衣所に飛び込む。
濡れた床に、高見さんもお風呂を済ませていることを知る。
良かった。私の方が先に入るなんてこと、あってはならないはずだから。
シャワーを浴びて、臭いを落とす。多分大丈夫だけど、2回ほど洗っておいた。嫌な臭いで不快にさせたくない、私なりの配慮だった。