貴女だけが、私を愚かな男にした 〜硬派な彼の秘めた熱情〜
こういう場合の、最適解はひとつ。
すぐそこに彼氏が迎えにきている、と嘘をつくのだ。
「イイよね? 行こ行こ! こんな美人連れて行ったらオレの格も上がるわ! じゃあそこの居酒屋で……」
「せっかくですけど……」
詩乃は、申し訳なさそうな声色を作って言った。
そして、適当な方向を指差して「彼が迎えに」とでもでっちあげようと思った、その瞬間。
「私の大事な人に、なにかご用ですか?」
深く低い、バリトンの声が背後から聞こえた。
あっ、思うまもなく、肩を抱き寄せられる。
詩乃が驚いて振り返ると、見知った顔がそこにあった。
(あ……! スーパーの! 鰹節とか調味料が好きな人!)
見上げるような長身。切れ長の、涼しげな目。細縁の眼鏡。硬そうな短い黒髪。意志の強そうな、薄い唇。
見惚れてしまいそうな端麗な容姿。
だが詩乃の印象ほ、「スーパーのあの人」が真っ先に浮かんだ。
「え、あっ、あ……」
ついさっきまでしつこく絡んでいたナンパ男は、途端にオドオドし始めた。
「ちょっかいをかけるのは、やめていただきたい。彼女は、私の可愛いひとです」
詩乃の肩を、護るように抱き寄せる。詩乃は、あっさりと身を委ねた。
まったく乱暴な動きではないのに、その手はとても頑丈で力強い。
(おお。イケメンは言うこともキザだな)