失恋したので復讐します
「ええと……理由って言われても」
「普段飲まない人間が飲むのは、たいていなにか問題があったときなんですよ。アルコールの力を借りて現実逃避しようとする。それならひとり家で飲んでいればいいのに、わざわざ店にやって来るのは、誰かに愚痴を聞いてほしいから。あたってないですか?」
まさにその通り。穂高の推理に千尋はついこくこくとうなずいてしまった。
(バーテンダーをやってると人間観察がうまくなるのかな)
それに会社にいるときの彼よりも、少し雰囲気がやわらかい気がする。
「じゃあ、どうぞ」
穂高の言葉に、千尋は怪訝な顔をする。
「ストレスを発散したくて来たんですよね? 愚痴聞きますよ」
穂高が、千尋をじっと見つめた。
「いや、でも……」
たしかに、胸にくすぶっている感情を吐き出してしまいたい気持ちはある。けれど彼は同僚だ。
啓人と穂高は違うチームだから、それほど接点がないように見えるが、愚痴を言ったことで、ふたりが気まずくなったら困るし……。
千尋がもじもじしていると、穂高がカウンターに頬(ほお)杖(づえ)をついた。
「言えないならあててみましょうか」
「え?」
まさかあてられるわけがない。そう思ったのに、穂高は迷う様子もなく言った。
「辻浦啓人の件で悩んでる」
千尋は思わず体を揺らした。瞬(まばた)きもせずに穂高を見つめる。
穂高は真っすぐ千尋を見つめていた。なにを考えているのか読み取ることはできないが、彼は正解だと確信しているような気がする。
(……たぶん、全部知っているんだ)
彼にも噂が届いていたのだ。千尋は脱力してうつむいた。
「話してみたらどうですか? 俺は辻浦さんと親しくないから気を使う必要はないし、これでも口は堅いので、山岸さんの愚痴が社内に漏れる心配はない」
穂高が悪魔のように誘惑の言葉を添えて、鮮やかな色のカクテルを千尋に渡してくる。
「同僚じゃなくて、バーテンダーと客だと思えばいい」
繊細なカクテルグラスに入った淡い紫のそれは、ゆらゆら揺れて千尋の心を惑わすよう。
(……そうだよね。今は同僚じゃなくて、バーテンダーと客だもの)
穂高はここで聞いたことを誰かに話して、店の信用を損ねたりはしないだろう。
それに千尋自身、話したいと思う気持ちがどんどん大きくなっている。
千尋はカクテルを一気にあおると挑むように穂高を見つめて口を開いた――。
「私の鈍いところが嫌なんだって! 前はおっとりしているところが好きだって言ってたくせに!」
だん!と千尋がカウンターに手を置き訴える。
「まあ長所と短所は表裏一体だって言うからなあ」
穂高がのんびりと相づちを打った。
「これ以上私といても得られるものがないんだって言われたの。お前はそばに置いても得にならない人間だから捨てるんだって言われた気がした」
「たしかにそう聞こえるな」
「それに葛城さんは私とは比べものにならないくらい、いい女だって……」
「それは辻浦さんの主観だろ?」
それまで反論せずに相づちを打っていた穂高が、初めて意見を口にした。
「でも会社の人はみんなそう思ってる。私と啓人では釣り合わないけど、葛城さんならお似合いみたいなことを言ってるのを聞いたの。私が彼に付きまとってるって信じていたし、性格がねじ曲がっているから、誰にも好かれないとも言ってた……」
あの言葉は本当に傷ついた。
彼女は千尋が聞いていることを知らないから、攻撃するつもりの発言ではなかったのだろうが、まぎれもない本音だろう。
「あまり気にしすぎない方がいいんじゃないか? 山岸さんの人柄を知らない他人が言いたいことを言ってるだけだ」
「気にしないなんて、無理だよ」
だって、彼女たちが言っていたことにも一理あるのだ。
もし千尋が周りの人たちから好かれていたら、あそこまでひどい言われ方はしなかったはずだ。
悲しいけれど、千尋の信用がないから、啓人の嘘が通ってしまっている。
「私、彼と結婚すると思っていたから仕事もプライベートも彼に合わせて動いていたし、ほかの人に駄目だと思われていても、彼が認めてくれるならいいと思ってたんだ。でも結局彼にも捨てられて、今はなにも残っていない」
「そんなことないだろ?」
「ううん。仕事の成果も同僚からの信頼もないし、趣味もない」
不器用な千尋は、啓人と付き合いながら仕事や趣味や人付き合いをそつなくこなすことなんてできなかった。啓人がすべての中心にいて、彼に全力で向き合っていた。
それなのに彼の心変わりに気づかなかったなんて、あまりに間抜けで笑ってしまう。
情けなくて悔しくて悲しくて……気づけばぽろぽろと涙がこぼれて止まらなくなっていた。
「私って、本当になにもない……」
「普段飲まない人間が飲むのは、たいていなにか問題があったときなんですよ。アルコールの力を借りて現実逃避しようとする。それならひとり家で飲んでいればいいのに、わざわざ店にやって来るのは、誰かに愚痴を聞いてほしいから。あたってないですか?」
まさにその通り。穂高の推理に千尋はついこくこくとうなずいてしまった。
(バーテンダーをやってると人間観察がうまくなるのかな)
それに会社にいるときの彼よりも、少し雰囲気がやわらかい気がする。
「じゃあ、どうぞ」
穂高の言葉に、千尋は怪訝な顔をする。
「ストレスを発散したくて来たんですよね? 愚痴聞きますよ」
穂高が、千尋をじっと見つめた。
「いや、でも……」
たしかに、胸にくすぶっている感情を吐き出してしまいたい気持ちはある。けれど彼は同僚だ。
啓人と穂高は違うチームだから、それほど接点がないように見えるが、愚痴を言ったことで、ふたりが気まずくなったら困るし……。
千尋がもじもじしていると、穂高がカウンターに頬(ほお)杖(づえ)をついた。
「言えないならあててみましょうか」
「え?」
まさかあてられるわけがない。そう思ったのに、穂高は迷う様子もなく言った。
「辻浦啓人の件で悩んでる」
千尋は思わず体を揺らした。瞬(まばた)きもせずに穂高を見つめる。
穂高は真っすぐ千尋を見つめていた。なにを考えているのか読み取ることはできないが、彼は正解だと確信しているような気がする。
(……たぶん、全部知っているんだ)
彼にも噂が届いていたのだ。千尋は脱力してうつむいた。
「話してみたらどうですか? 俺は辻浦さんと親しくないから気を使う必要はないし、これでも口は堅いので、山岸さんの愚痴が社内に漏れる心配はない」
穂高が悪魔のように誘惑の言葉を添えて、鮮やかな色のカクテルを千尋に渡してくる。
「同僚じゃなくて、バーテンダーと客だと思えばいい」
繊細なカクテルグラスに入った淡い紫のそれは、ゆらゆら揺れて千尋の心を惑わすよう。
(……そうだよね。今は同僚じゃなくて、バーテンダーと客だもの)
穂高はここで聞いたことを誰かに話して、店の信用を損ねたりはしないだろう。
それに千尋自身、話したいと思う気持ちがどんどん大きくなっている。
千尋はカクテルを一気にあおると挑むように穂高を見つめて口を開いた――。
「私の鈍いところが嫌なんだって! 前はおっとりしているところが好きだって言ってたくせに!」
だん!と千尋がカウンターに手を置き訴える。
「まあ長所と短所は表裏一体だって言うからなあ」
穂高がのんびりと相づちを打った。
「これ以上私といても得られるものがないんだって言われたの。お前はそばに置いても得にならない人間だから捨てるんだって言われた気がした」
「たしかにそう聞こえるな」
「それに葛城さんは私とは比べものにならないくらい、いい女だって……」
「それは辻浦さんの主観だろ?」
それまで反論せずに相づちを打っていた穂高が、初めて意見を口にした。
「でも会社の人はみんなそう思ってる。私と啓人では釣り合わないけど、葛城さんならお似合いみたいなことを言ってるのを聞いたの。私が彼に付きまとってるって信じていたし、性格がねじ曲がっているから、誰にも好かれないとも言ってた……」
あの言葉は本当に傷ついた。
彼女は千尋が聞いていることを知らないから、攻撃するつもりの発言ではなかったのだろうが、まぎれもない本音だろう。
「あまり気にしすぎない方がいいんじゃないか? 山岸さんの人柄を知らない他人が言いたいことを言ってるだけだ」
「気にしないなんて、無理だよ」
だって、彼女たちが言っていたことにも一理あるのだ。
もし千尋が周りの人たちから好かれていたら、あそこまでひどい言われ方はしなかったはずだ。
悲しいけれど、千尋の信用がないから、啓人の嘘が通ってしまっている。
「私、彼と結婚すると思っていたから仕事もプライベートも彼に合わせて動いていたし、ほかの人に駄目だと思われていても、彼が認めてくれるならいいと思ってたんだ。でも結局彼にも捨てられて、今はなにも残っていない」
「そんなことないだろ?」
「ううん。仕事の成果も同僚からの信頼もないし、趣味もない」
不器用な千尋は、啓人と付き合いながら仕事や趣味や人付き合いをそつなくこなすことなんてできなかった。啓人がすべての中心にいて、彼に全力で向き合っていた。
それなのに彼の心変わりに気づかなかったなんて、あまりに間抜けで笑ってしまう。
情けなくて悔しくて悲しくて……気づけばぽろぽろと涙がこぼれて止まらなくなっていた。
「私って、本当になにもない……」