失恋したので復讐します
二章 後悔させたい
翌日の朝。千尋はひどい頭痛と倦怠感に悩まされていた。完全に二日酔いだ。
なんとか寝坊せずにいつも通り午前六時三十分に起床したが、シャワーを浴びても頭の芯が重いまま。鏡に映る顔はむくんでいるし顔色もぱっとしない。
「うわあ……すごいクマ」
たくさん泣いたのがばれてしまいそうなくらい、瞼も腫れてしまっている。この顔で出社するのは結構きついし、またじろじろ見られそうで不安だ。
しかし見た目はひどいが、精神的には昨日よりはずっとましになっている。
気持ちを吐き出したのがよかったのかもしれない。
千尋は考えに沈みながら、機械的に手を動かして身支度を始める。
パウダーファンデーションを塗ってから、瞼にはブラウン系のアイシャドウを乗せた。アイラインとマスカラは苦手なので使っていない。眉を描いてオレンジベージュの口紅で仕上げる。
一度も染めたことがない長い髪は、邪魔にならないようにハーフアップにした。
十分もかからずに終わる、いつもの身支度。
鏡に映る自分の顔をじっと見つめた。
コンディションが悪いからか、いつもよりもくすんで見える。
そして地味だ。もともとぼんやりしていて印象に残りづらい顔だが、ぱっとしない原因はそれだけじゃない。
千尋は今まで自分をよく見せるための努力をしてこなかった。
会社勤めの女性のマナーだと思って基本的なメイクはしているが、新入社員の頃からなんの進化もしていないおざなりなもの。
七年も年齢を重ねれば千尋の顔だって変化している。それなのに入社したての頃と同じメイクをしているのだから、違和感が出てくるのは当然だ。
体形も年々重力に逆らえず崩れてきている。
少しずつ体重が増えているのに、これくらいなら許容範囲と思い軽んじてきた結果が如実に体形に現れている。
自分の容姿に自信がなくて、なにをしてもたいして変わらないとあきらめていた部分もある。
それに啓人が、そんな千尋がいいと言ってくれた。
『俺は千尋の飾らないところが好きだから、無理しておしゃれする必要はないって』
素の自分を認めてもらっているようでうれしかったのだ。彼の言葉を真に受けて、ふられるまでなんの疑問も持たずに、幸せを感じて生きていた。
千尋にとって彼との結婚が目標でありゴールだったから。
目標を失ったことで、ようやく自分を顧みることになるなんて皮肉だと思う。
あまりに遅すぎた気づき。
千尋はメイク道具をしまうと立ち上がり、今度は室内を見回した。
就職したときに入居したアパート。間取りは1DK。六畳の洋室にそれより少し狭いダイニングキッチンが並んでいる。バスとトイレは別だ。
家具と家電は最低限のものしか置いていないシンプルなインテリア。
啓人は定期的にこの部屋に泊まりに来た。ふたりで過ごすには少々狭いが、彼は居心地がよいとリラックスしていた。
『部屋は、これくらいすっきりしているのが一番だよな』
『そうなの? 私は花とか飾ってあると華やかになっていいと思うな』
『花? やめとけよ。枯れると汚なくなるだろ』
啓人の言葉が思い浮かんだ。付き合ってすぐの頃の会話だ。それで千尋は花を飾るのをやめて部屋はいつもすっきりさせるように心がけていたのだ。
(……私って本当に自分がなかったんだな)