失恋したので復讐します
「わかった。でもそれだと間に合わないから、これは別の人に依頼するよ」
「……はい、お願いします」
千尋の返事に啓人は驚いたようだった。
これまでは彼の仕事は千尋が自ら望んで引き受けていたから、簡単に引くとは思わなかったのかもしれない。
言葉にしないが啓人から苛立ちのオーラが立ち上っているのを感じる。
千尋はそれを見ないふりして、文美とともにフロアを出た。
会社を出てから、近くのカフェに向かった。
「辻浦ともめてたけど大丈夫?」
足早に進みながらも文美が心配そうに尋ねてくる。
「うん……急ぎの仕事を頼まれたんだけど、無理だって断ってたの。なかなかあきらめてくれなくて困ってたから、文美が来てくれて助かったよ」
暴言を吐かれたことまでは言えなかった。
「え……この状況で千尋を頼るなんて図々しくない?」
文美が眉間(みけん)にしわを寄せる。
「これまでは引き受けてたことだからね。でもほかにも仕事があるし、素材も取り寄せないといけないから時間がかかるって言ったら、不満だったみたいで」
啓人の高圧的な言動を思い出すと憂鬱になる。
「今までは千尋が無理をしていたから可能だったのにね。なんでまだ同じように対応してもらえると思うんだろう」
「それは……」
(私が啓人に下に見られているから)
要はなめられているのだ。千尋にならなにを言ってもいいのだと。
嘘をついて貶めても、馬鹿にしても、千尋なら啓人を許し彼の言うことを聞くと思っている。
(都合がいいと思われても当然だった)
千尋はひっそりとため息をついた。
一度できあがった上下関係のようなものは、なかなか解消できないのかもしれない。
このままでは千尋はずっと啓人に見下されたままだろう。
(……そんなの嫌)
都合がいい女のまま終わりたくない。
これ以上馬鹿にされたくない。
千尋の胸に、今までにない強い感情が生まれていた。
午後、オフィスに戻った千尋は、穂高の席があるブースに向かった。
「相川君、今、お時間ありますか?」
モニターに図面を表示して難しい顔をしていた穂高は、驚いた顔をして千尋を見上げたが、すぐにうなずき立ち上がった。
未使用の会議室に入って穂高と向き合うと、千尋は決意を込めて口を開いた。
「相川君、昨日話した復讐のことだけど、私やってみたいと思う」
穂高がわずかに目を見開いたが、すぐに乗り気の表情になる。
「やる気が出たみたいだな」
「うん、気持ちが変わったの」
「それで山岸さんが考える復讐のゴールは?」
「みんなが認めてくれるようないい女になって、私と別れて失敗だったと彼に思わせること!」
彼に後悔してほしい。自分を変えたい。厳しい目標だと思うが、なんとしてもやり遂げたい。
穂高が同意するようにうなずいた。
「それはいいな。思いっきり後悔させてやろう」
「うん。それで、もしよかったら相談に乗ってほしいんだ。具体的にこれからどう動けばいいのかとか」
「もちろん。昨日も言ったけど俺も辻浦さんには思うところがあるからな。あの人は一度痛い目を見るべきだ。復讐の共犯者として協力するよ」
〝復讐する共犯者〟
千尋は目を丸くした。なんだか秘密めいた関係の気がする。でも頼もしくてうれしくなった。
千尋が笑うと穂高も不敵に笑う。
「がんばって、絶対辻浦さんを見返そう」
「ありがとう。早速今日からがんばるつもり」
意気込みを伝えると、穂高が真面目な表情になった。
「それならまずは外見を変えることだな。これが一番わかりやすい変化だ」
「うん。メイクとかヘアスタイルかな、あとファッションも変えないと。ダイエットも……やることが山積みだね」
「そうだな。ただ外見だけじゃ足りない。同時に内面も磨く必要がある」
「内面かあ……消極的な性格を直して社交的になったらいいのかな?」
千尋が想像するいい女はコミュニケーション能力が高く、常に人の輪の中心にいるイメージだ。
「あいつに言い負かされないような強さを持った方がいいとは思うけど、性格をすぐに直すのは一番難しそうだな。まずは立ち居振る舞いをよくする研究をするといいかもな」
「マナーとか?」
「そう。改まった場で上品に振る舞えたらかっこいいだろ?」
千尋はなるほどと、頷いた。
(たしかにテーブルマナーとかが完璧な女性って、いい女って感じがする)
「仕事の方は、成果を出して存在感を増すのがいいかもしれないな。それから……」
千尋は穂高のアドバイスに真剣に耳を傾けながら決心した。
(二度と都合がいい女なんて言わせない)
もっとアドバイスを聞きたかったが、就業時間中なのであまり長々と話すわけにはいかない。
「……はい、お願いします」
千尋の返事に啓人は驚いたようだった。
これまでは彼の仕事は千尋が自ら望んで引き受けていたから、簡単に引くとは思わなかったのかもしれない。
言葉にしないが啓人から苛立ちのオーラが立ち上っているのを感じる。
千尋はそれを見ないふりして、文美とともにフロアを出た。
会社を出てから、近くのカフェに向かった。
「辻浦ともめてたけど大丈夫?」
足早に進みながらも文美が心配そうに尋ねてくる。
「うん……急ぎの仕事を頼まれたんだけど、無理だって断ってたの。なかなかあきらめてくれなくて困ってたから、文美が来てくれて助かったよ」
暴言を吐かれたことまでは言えなかった。
「え……この状況で千尋を頼るなんて図々しくない?」
文美が眉間(みけん)にしわを寄せる。
「これまでは引き受けてたことだからね。でもほかにも仕事があるし、素材も取り寄せないといけないから時間がかかるって言ったら、不満だったみたいで」
啓人の高圧的な言動を思い出すと憂鬱になる。
「今までは千尋が無理をしていたから可能だったのにね。なんでまだ同じように対応してもらえると思うんだろう」
「それは……」
(私が啓人に下に見られているから)
要はなめられているのだ。千尋にならなにを言ってもいいのだと。
嘘をついて貶めても、馬鹿にしても、千尋なら啓人を許し彼の言うことを聞くと思っている。
(都合がいいと思われても当然だった)
千尋はひっそりとため息をついた。
一度できあがった上下関係のようなものは、なかなか解消できないのかもしれない。
このままでは千尋はずっと啓人に見下されたままだろう。
(……そんなの嫌)
都合がいい女のまま終わりたくない。
これ以上馬鹿にされたくない。
千尋の胸に、今までにない強い感情が生まれていた。
午後、オフィスに戻った千尋は、穂高の席があるブースに向かった。
「相川君、今、お時間ありますか?」
モニターに図面を表示して難しい顔をしていた穂高は、驚いた顔をして千尋を見上げたが、すぐにうなずき立ち上がった。
未使用の会議室に入って穂高と向き合うと、千尋は決意を込めて口を開いた。
「相川君、昨日話した復讐のことだけど、私やってみたいと思う」
穂高がわずかに目を見開いたが、すぐに乗り気の表情になる。
「やる気が出たみたいだな」
「うん、気持ちが変わったの」
「それで山岸さんが考える復讐のゴールは?」
「みんなが認めてくれるようないい女になって、私と別れて失敗だったと彼に思わせること!」
彼に後悔してほしい。自分を変えたい。厳しい目標だと思うが、なんとしてもやり遂げたい。
穂高が同意するようにうなずいた。
「それはいいな。思いっきり後悔させてやろう」
「うん。それで、もしよかったら相談に乗ってほしいんだ。具体的にこれからどう動けばいいのかとか」
「もちろん。昨日も言ったけど俺も辻浦さんには思うところがあるからな。あの人は一度痛い目を見るべきだ。復讐の共犯者として協力するよ」
〝復讐する共犯者〟
千尋は目を丸くした。なんだか秘密めいた関係の気がする。でも頼もしくてうれしくなった。
千尋が笑うと穂高も不敵に笑う。
「がんばって、絶対辻浦さんを見返そう」
「ありがとう。早速今日からがんばるつもり」
意気込みを伝えると、穂高が真面目な表情になった。
「それならまずは外見を変えることだな。これが一番わかりやすい変化だ」
「うん。メイクとかヘアスタイルかな、あとファッションも変えないと。ダイエットも……やることが山積みだね」
「そうだな。ただ外見だけじゃ足りない。同時に内面も磨く必要がある」
「内面かあ……消極的な性格を直して社交的になったらいいのかな?」
千尋が想像するいい女はコミュニケーション能力が高く、常に人の輪の中心にいるイメージだ。
「あいつに言い負かされないような強さを持った方がいいとは思うけど、性格をすぐに直すのは一番難しそうだな。まずは立ち居振る舞いをよくする研究をするといいかもな」
「マナーとか?」
「そう。改まった場で上品に振る舞えたらかっこいいだろ?」
千尋はなるほどと、頷いた。
(たしかにテーブルマナーとかが完璧な女性って、いい女って感じがする)
「仕事の方は、成果を出して存在感を増すのがいいかもしれないな。それから……」
千尋は穂高のアドバイスに真剣に耳を傾けながら決心した。
(二度と都合がいい女なんて言わせない)
もっとアドバイスを聞きたかったが、就業時間中なのであまり長々と話すわけにはいかない。