失恋したので復讐します
 個人またはチームを組んでテーマに沿った建築物の設計デザインをする企画で、優れたアイデアを出した者は表彰される。奨励賞や優秀賞などの受賞者は評価も査定も大幅に上がるのだ。
 啓人は前回と前々回のコンペに参加し、連続で最優秀賞を獲得するという快挙を成し遂げた。
 彼が皆に一目置かれているのは、その経歴がかなり影響しているからだ。
(馬鹿にしていた私が受賞したら、啓人はきっと悔しがるよね。私を見下して都合よく使うこともできなくなる。でも……)
 参加資格は社員なら誰にでもあるので参加はできる。あくまでアイデアと創造性を競うもので、綿密な構造計算などは二の次。最悪構造計算なしでもエントリーはできるが、実際は建築士の資格のない者が受賞するのは難しく、今まで例がない。
 千尋がコンペに参加するとしたら、建築士とチームを組む必要がある。
 しかしもともと〝そんな人いたっけ?〟と言われてしまうくらい存在感がないうえに、今は啓人のデマのせいですっかり白い目で見られている。建築士でもない千尋と組みたいと思う相手なんていないだろう。
 そもそも千尋にはコンペに参加するだけの実力がない。パートナーに頼りきりでは、仮に受賞したとしても成長したとは言えないだろう。
「私にコンペは難しいよ。協力してくれる人だっていないし」
 穂高は少し呆れた表情になった。
「俺とチームを組めばいいだろ。山岸さんがアイデアを出して俺が仕上げればいい」
「で、でも、そこまでしてもらうのは……相川君だって余裕はないでしょ? バーテンダーの仕事だってあるだし」
 穂高のフォローを受けられたら、かなりいい線までいくかもしれない。
 でも、そのぶん彼の負担が大きくなる。
「その辺はなんとかする」
「……前に辻浦君に思うところがあるって言ってたよね?」
 無理をしてまで手伝ってくれるのは彼に仕返しをしたいからだろうが、ふたりの間になにがあったのだろうか。
 プライバシーに踏み込むのは気が引けるが、気になってしまう。
「以前の社内コンペのときに、デザインの件で辻浦さんともめたんだ」
 千尋の気持ちに気づいたのか、穂高が疑問に答えてくれた。
「最優秀賞を取った作品のことだよね?」
「そう。あのデザインは、もとは俺のものだったんだよ。でも辻浦さんひとりの名前で出して最優秀賞獲得した」
「嘘……」
 千尋は両手で口もとを覆った。驚きのあまり言葉が続かない。
「辻浦君が相川君の手柄を奪ったってことだよね? どうして問題にならなかったの?」
「いろいろあって表沙汰にはしなかったんだ。でも、おもしろくないだろ? だから少し仕返しがしたいんだ」
 千尋はこくこくと首を縦に振る。
(そんな目に遭ったなら、復讐したくなって当然だよ)
「辻浦さんは今回もエントリーするかもしれない。絶対に負けないようにがんばろう」
「わかった。私にできるのか自信がないけど、がんばってみる」
 穂高の力強い言葉に、千尋も決意を固めたのだった
 その後、オーナーからジムの話を聞いた。
 千尋にとって少し会費が高いと感じたが、設備が充実していてダイエットのプログラムも作ってくれるとのことなので、紹介をお願いした。
 オーナーの勧めで穂高も一緒に入会することになり、週明けに申し込みをしに行く約束をしてバーを出た。
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