失恋したので復讐します
 しかし穂高はその場に立ち尽くし、真っ青な顔でイメージ図を見つめていた。
 なぜなら啓人の作品は、穂高が何日もかけて考え仕上げたものとそっくりだったから。
 多少の違いはあるが、重要なポイントはまったく同じ。穂高の作品を、ブラッシュアップしたものにしか見えない。
(偶然でこんなことがありえるのか?)
 ありえないと思う。けれどそう断定してしまえば、啓人が穂高のアイデアを盗んだことになる。
 社内の建築士で一番といってもいい実力を持つ啓人が、まだ経験が浅く結果を出していない穂高のものなど盗むはずがない。
 しかし目の前の完成イメージ図は、信じられないほどの共通点がある。
『これ間違いなく最優秀賞取れますよ』
『そうだといいな』
 楽しげな声が耳に届く。
 啓人に問いただして、どうやって作品を作ったのか確認したい衝動にかられた。しかし盛り上がる同僚たちの中に入って和気藹々とした雰囲気を壊すことはできなかった。
 その日は気持ちが落ち着かず仕事にならなかった。
 早く啓人と話したい。
 彼がひとりになるタイミングをうかがい、ようやく話しかけられたのは、定時後になってからだった。
『辻浦さん、社内コンペの作品について聞きたいことがあります』
 彼の席まで行き声をかけると、啓人がゆっくり視線を上げた。
『ああ』
 なにを言われるかわかっているかのような、気が乗らない表情に見える。
 穂高はタブレットに図面を表示して、啓人の目の前に差し出した。
『これは俺が作ったものです。辻浦さんのイメージとそっくりだと思いませんか?』
 啓人が画面を見てから、再び穂高に視線に戻す。少しも驚いた様子はない。
『それで?』
『……これって、偶然ですかね?』
 偶然なわけがない。啓人の態度から間違いがないと感じた。その場ですぐ詰め寄りたい気持ちをなんとか抑えて、穂高は低い声を出した。
 彼はとぼけるのか、認めて謝るのか、それとも穂高をなだめようとするのか。
『……ふっ、そんなわけないだろ?』
 啓人の反応は穂高の予想外。見たことがないようなゆがんだ笑みを見せたのだ。
(はっ?)
 唖然とする穂高の前で、啓人がゆっくり立ち上がる。
『お前のアイデアがなかなかよかったから、俺が有効活用してやったんだよ』
 穂高は目を見開いた。
(開き直るって、ありえないだろ?)
 同僚の憧れ、尊敬されるエースの姿はどこにもない。
『お前のイメージ図と俺のものを比べてみろよ。どっちが優れてる?』
 穂高はぎりっと歯を食いしばった。
 そんなの考えるまでもない。啓人の方がはるかに洗練されているし、出来がいい。
 まだ追いつけない経験の差が、はっきりと現れている。
 啓人が得意気に笑った。
『答えは出たな。これは俺が主担当で提出するから。お前もチームに入れてやるから安心しろ』
『結構です。でもこの件を黙っているつもりはありません。上に報告しますから』
 取り下げなければ盗用したと公表すると警告したつもりだった。しかし啓人はわずかも動揺しなかった。
『無駄だと思うぞ。まあやってみろよ』
 穂高がもめるのを恐れて行動できないと思っているのだろうか。
 馬鹿にするなと、穂高はためらいなく建築デザイン部長のもとに向かった。
 すべてぶちまけてやると意気込んで。ところが――。
『……辻浦君が言う通り共同作品として提出すればいいんじゃないか』
 穂高の上司である建築デザイン部長の判断は予想外のものだった。
『作品を盗まれたのに黙っていろって言うんですか?』
 思わず声を荒らげると、部長はびくっと肩を揺らす
『ま、まあまあ落ち着いて……相川君が納得いかない気持ちはわかる。でも辻浦君の作品が盗作だという証拠はないんだろう?』
『一目瞭然じゃないですか』
 ふたつの図面をつきつけると、部長は気まずそうに視線を泳がせた。
『相川君は辻浦君の指導を受けたんだから、デザインの傾向が似ても不思議はない』
『……本気でそう思ってるんですか?』
『それは……どちらにしても証拠もないのに、相川君の主張だけを信じるわけにはいかない。辻浦君からも話を聞いてから判断することにしよう』
 部長は気が進まない様子ではあったが、啓人を会議室に呼び出した。
 啓人は余裕の表情で、部長のもとに向かう。
 それから十分後。
 晴れやかな笑顔の啓人が部屋から出てきた。
 彼は穂高に目を向けると、楽しそうに目を細める。
 嫌な予感にさいなまれながら、穂高は足早に会議室に入り、部長の前に立った。
 部長は穂高を見ると、困った子供を相手にするような表情を浮かべる。
『どうなりましたか?』
『辻浦君に話を聞いたけど、やっぱり偶然の一致みたいだ』
『辻浦さんの言い分を信じたんですか?』
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