失恋したので復讐します
 少し離れたところに穂高がいた。空いている席を探しているようで、トレーを手にして周囲を見回している。
「彼も結構優秀なんだってね」
「そうだね。いつも余裕がある感じがする」
 避けようのないトラブルや納期遅延が発生しても、淡々と対応している。大きな問題に発展していないのは、うまく解決しているからだろう。
「社内コンペに参加するなら誰かに協力を頼むんでしょう? 彼にお願いしてみたら?」
「え?」
「だって余裕があるみたいなんでしょ? 業務に支障なくコンペに注力できるじゃない」
「そ、そうだね」
(相川君と参加するって知ったら驚くだろうな)
 ふと視線を感じて振り向くと、穂高がこちらを眺めていた。

 社員食堂から戻った千尋は、すぐに予約していた会議室に移動した。
 八人掛けのテーブルセットがひとつの小さな部屋には、段ボール箱が積み重なっている。
 手配していた資料などで、千尋が仕分けして各担当に届ける必要がある。
 箱を開けてがさごそと中身を確認していると、控えめなノックの音がした。
「はい」
 返事をするとドアが開き、穂高がすばやく入ってきた。
「相川君、どうしたの?」
「さっき浮かない顔をしてたから気になって」
「社食のとき? よく気づいたね」
 穂高はスチール椅子を引いて、腰を下ろす。
「山岸さんは顔に出やすいから。それでなにかあったの?」
「あ、そうだ。報告しようと思ってたんだけど、辻浦君もコンペに参加するんだって」
 千尋は声を潜めて言った。
 よほど大きな声を出さなければ、会議室の外に会話が漏れることはないだろうが、社内だと警戒心が強くなる。
「へえ」
「三連覇を狙ってるみたい」
「そうだろうな」
 穂高の反応は、たいして驚いていないような淡々としたものだ。
「直接対決だと思うと気が重い」
「そうか? むしろこれで勝った方が、相手へのダメージが大きくなっていいと思うけど」
「……そういう考え方もあるんだね」
「普通そう考えない? 復讐しようとしてるんだから」
「自信がある人はそうかもしれないけど、私はそんな強気になれないよ」
 啓人が怖いからじゃない。
 どうしても負けたくないからこそ不安になる。
「山岸さんはもっと自信を持っていい」
「そうしたいけど、まだ無理だよ。なにも変われてないし……」
「もともと山岸さんのいいところはたくさんある。人に優しくて思いやりがあるし、どん底から立ち上がろうとする根性だってある」
 穂高が千尋の長所をあげていく。
 迷いのない口調なのは、お世辞ではなく本心だからだと思っていいのだろうか。
「あの……そう言ってくれてうれしいけど」
 なんだか照れてしまう。
「相川君には愚痴を言ったり泣いたり、さんざんひどいところを見せてるから、あきれられてると思ってた」
「あきれるわけがないだろ。山岸さんも自棄になることがあるんだって少し意外だったけど、人間らしくていいよ」
「そっか……ありがとう」
 たくさん迷惑をかけたというのに、人間らしくていいと言ってくれる、穂高の優しさがうれしかった。
 前向きに励ましてくれる彼に、感謝の気持ちがこみ上げる。落ち込みかけていた気持ちが浮上する気がした。
「復讐できるようにがんばろうね」
「ああ」
 穂高がやわらかく微笑んだ。

 荷物の仕分けを終えて自席に戻った千尋は、画面に社内イントラを開いた。
 社内コンペ開催のお知らせが視界に入る。
(テーマは自然……環境に配慮して省エネで長く住める家?)
 千尋の頭の中に、大草原の中にぽつんと立つかわいらしい家が浮かんできた。
 求められているものと違うのはわかる。しかし千尋の想像力なんてそんなものだ。
(まあ簡単に思いつくわけないし)
 社内イントラを閉じて、午後の仕事に取り組む。
 千尋は自分が補佐する建築士のタスク一覧を画面に表示した。
 進捗状況や資材の入荷時期など、チームで共有できるように登録してある。
 確認していると、住宅展示用の資材が期日までに間に合わない可能性があることに気がついた。
(これってまずいよね)
 千尋は遅延の原因を確認してから代替の仕入れ先を探した。資料を揃えてから担当者のもとに行き、状況を説明する。
 余計なことかもしれないと思ったが、もし気づいていないまま期日が迫ったらリカバリーが難しくなると思ったから。
「え……本当だ。これまずいね」
 顔色を変える担当者に、千尋は調べてまとめておいた代替策を提示した。
「原材料が不足しているのが原因でメーカーの加工が間に合わないみたいなんです。でもこちらの海外メーカーは在庫を充分持っているので期限内に入手可能です。資料も添付しておきました」
「使えるか確認してみる。ありがとう、助かったよ」
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