失恋したので復讐します
振り返ると、大柄な若い男性が気まずそうな表情を浮かべて佇んでいた。
どうやら彼が千尋に激突したらしい。
千尋にぺこりと頭を下げる男性に「大丈夫です」と返事をする。
彼は千尋というよりも穂高にびくびくしながら、もう一度頭を下げてその場を去っていく。
「大丈夫?」
「うん……あ、ごめん」
穂高に支えてもらったままだったことに気づき、慌てて離れる。
「帰ろうか」
「そ、そうだね」
穂高に続いてジムを出る。
まだ心臓がドキドキと乱れたままだった。
翌日の午後三時過ぎ。実家の最寄り駅に到着した千尋は、改札を出ると近くの壁にもたれた。
(やっと着いた~)
通勤時間でもないのにものすごい満員電車で、疲れてしまった。
(本当に混んでるなあ)
千尋の実家は埼玉中央の観光地として有名な町だ。
東京までは四〇キロ弱の距離で、特急電車に乗ればぎりぎり一時間ほどで着くが、毎日の通勤になると大変なので、就職と同時にひとり暮らしをすることになった。
池袋の駅から特急に乗り到着した地元駅は、観光客であふれていた。
前回帰ったのは夏休みだったが、お盆をずらして九月に休みを取ったから、ここまで混んでいなかった。
けれど今はすごい人口密度だ。日本とは思えないくらい多様な人々であふれている。
東京で見るのとはまた違った光景に、千尋は驚きながらバスに乗り込み実家に帰った。
駅からバスで十五分。ごく普通の住宅街の中にある古い一軒家が千尋の実家だ。
周囲の家と比べて敷地が広いのは、昔ながらの本家だから。
千尋が幼かった頃はもっと広かったが、税金を払うのが大変だとかで、敷地の一部を売却した。だから西側に立つ二軒の家は比較的新しくおしゃれなデザインだ。
千尋はその家を横目で見ながら玄関に向かった。
引き戸に手をかけて力を入れて引くとガラガラ音を立てて開いた。
最近は治安が悪くなっているから戸締まりをするように言っているのに、つい忘れてしまうようだ。
(危ないよね、後でしっかり言っておかなくちゃ)
母は千尋もどうかと思うほどのん気なところがあるから、父に話しておいた方がいいかもしれない。
「ただいまー」
久しぶりに見ると驚くくらい広く感じる玄関で、靴を脱ぎながら声をかける。
「千尋? 遅かったのね」
エプロン姿の母がパタパタとスリッパを鳴らしながらやって来る。
「うん。寝坊して家を出るのが遅くなっちゃって」
「相変わらずのんびりしてるのねえ」
「お母さんには言われたくないよ」
あきれたように言う母に、心外だと千尋は眉をひそめる。
「たいして変わらないじゃない……あら? なんか雰囲気が変わったのね」
母が今さらのように千尋の姿を観察するように見る。
「わかる?」
「ええ。あか抜けたわ」
鈍感な母にも気づいてもらえるくらい変わったのだと思うと、うれしくなった。
「みんな驚くんじゃない?」
みんなとは親戚連中のことだ。本家の山岸家には毎年年始には大勢の親族が集合するのだ。
しかも近所に住んでいる親族は年が明ける前から張りきってやって来る。
「うーん。みんなマイペースだし気づかないかも」
お酒を飲んでおしゃべりをするのに夢中だろう。
「そうかしらね。あ、もうこんな時間。夕ご飯の準備をしないと」
「そうだね。着替えたら手伝うよ」
千尋はもともと自分が使っていた部屋に荷物を置きに行った。
六畳の部屋の中は千尋が使っていた家具に加えて、行き場がない荷物が仮置きされて、かなり手狭だ。
しかし独立した娘の部屋を残してくれているだけありがたいので、文句を言わずに片づけて寝る場所を確保する。
それからすぐに台所に行き、母と一緒に十人分の食事を作った。
「わー千尋ちゃん、かわいくなったねー」
おっとりした声が居間に響く。近所に住んでいる年下の従妹(いとこ)だ。
「都会の人って感じだね」
別の親戚も感心したように言う。
「そ、そうかな?」
「うん。私も東京で働こうかなー」
「それもいいかもね……あれ……まだ決まってなかったの?」
たしか大学四年生だったはずだ。今仕事を探しているのはどういうことだろう。
本人が気にしてないからいいのかもしれないけれど。
「この服かわいい。どこで買ったの?」
「これはね……」
そんなふうに初めは注目を浴びていた千尋だが、十分もしないうちに話題は次に移っていった。
「今度、オーバーツーリズムの問題を話し合う会合があるんだってよ」
「オーバー……それってなに?」
締まりがないのんびりした会話があちこちで交わされている。
和気藹々とした雰囲気だ。
どうやら彼が千尋に激突したらしい。
千尋にぺこりと頭を下げる男性に「大丈夫です」と返事をする。
彼は千尋というよりも穂高にびくびくしながら、もう一度頭を下げてその場を去っていく。
「大丈夫?」
「うん……あ、ごめん」
穂高に支えてもらったままだったことに気づき、慌てて離れる。
「帰ろうか」
「そ、そうだね」
穂高に続いてジムを出る。
まだ心臓がドキドキと乱れたままだった。
翌日の午後三時過ぎ。実家の最寄り駅に到着した千尋は、改札を出ると近くの壁にもたれた。
(やっと着いた~)
通勤時間でもないのにものすごい満員電車で、疲れてしまった。
(本当に混んでるなあ)
千尋の実家は埼玉中央の観光地として有名な町だ。
東京までは四〇キロ弱の距離で、特急電車に乗ればぎりぎり一時間ほどで着くが、毎日の通勤になると大変なので、就職と同時にひとり暮らしをすることになった。
池袋の駅から特急に乗り到着した地元駅は、観光客であふれていた。
前回帰ったのは夏休みだったが、お盆をずらして九月に休みを取ったから、ここまで混んでいなかった。
けれど今はすごい人口密度だ。日本とは思えないくらい多様な人々であふれている。
東京で見るのとはまた違った光景に、千尋は驚きながらバスに乗り込み実家に帰った。
駅からバスで十五分。ごく普通の住宅街の中にある古い一軒家が千尋の実家だ。
周囲の家と比べて敷地が広いのは、昔ながらの本家だから。
千尋が幼かった頃はもっと広かったが、税金を払うのが大変だとかで、敷地の一部を売却した。だから西側に立つ二軒の家は比較的新しくおしゃれなデザインだ。
千尋はその家を横目で見ながら玄関に向かった。
引き戸に手をかけて力を入れて引くとガラガラ音を立てて開いた。
最近は治安が悪くなっているから戸締まりをするように言っているのに、つい忘れてしまうようだ。
(危ないよね、後でしっかり言っておかなくちゃ)
母は千尋もどうかと思うほどのん気なところがあるから、父に話しておいた方がいいかもしれない。
「ただいまー」
久しぶりに見ると驚くくらい広く感じる玄関で、靴を脱ぎながら声をかける。
「千尋? 遅かったのね」
エプロン姿の母がパタパタとスリッパを鳴らしながらやって来る。
「うん。寝坊して家を出るのが遅くなっちゃって」
「相変わらずのんびりしてるのねえ」
「お母さんには言われたくないよ」
あきれたように言う母に、心外だと千尋は眉をひそめる。
「たいして変わらないじゃない……あら? なんか雰囲気が変わったのね」
母が今さらのように千尋の姿を観察するように見る。
「わかる?」
「ええ。あか抜けたわ」
鈍感な母にも気づいてもらえるくらい変わったのだと思うと、うれしくなった。
「みんな驚くんじゃない?」
みんなとは親戚連中のことだ。本家の山岸家には毎年年始には大勢の親族が集合するのだ。
しかも近所に住んでいる親族は年が明ける前から張りきってやって来る。
「うーん。みんなマイペースだし気づかないかも」
お酒を飲んでおしゃべりをするのに夢中だろう。
「そうかしらね。あ、もうこんな時間。夕ご飯の準備をしないと」
「そうだね。着替えたら手伝うよ」
千尋はもともと自分が使っていた部屋に荷物を置きに行った。
六畳の部屋の中は千尋が使っていた家具に加えて、行き場がない荷物が仮置きされて、かなり手狭だ。
しかし独立した娘の部屋を残してくれているだけありがたいので、文句を言わずに片づけて寝る場所を確保する。
それからすぐに台所に行き、母と一緒に十人分の食事を作った。
「わー千尋ちゃん、かわいくなったねー」
おっとりした声が居間に響く。近所に住んでいる年下の従妹(いとこ)だ。
「都会の人って感じだね」
別の親戚も感心したように言う。
「そ、そうかな?」
「うん。私も東京で働こうかなー」
「それもいいかもね……あれ……まだ決まってなかったの?」
たしか大学四年生だったはずだ。今仕事を探しているのはどういうことだろう。
本人が気にしてないからいいのかもしれないけれど。
「この服かわいい。どこで買ったの?」
「これはね……」
そんなふうに初めは注目を浴びていた千尋だが、十分もしないうちに話題は次に移っていった。
「今度、オーバーツーリズムの問題を話し合う会合があるんだってよ」
「オーバー……それってなに?」
締まりがないのんびりした会話があちこちで交わされている。
和気藹々とした雰囲気だ。