失恋したので復讐します
「違うこと考えてたから……でもそんなに順調じゃないよね。社内コンペのアイデアだってまとまってないし。辻浦君をぎゃふんと言わせるにはまだまだだよ」
「……ぎゃふんって」
復讐に比べると一気にスケールダウンだ。でも千尋には似合っているような気がしてつい笑いがこぼれる。
「え、変だった?」
「いや、言葉選びが古風でかわいいなって」
からかわれていると思ったのか、千尋が目を逸らしてしまった。そんな様子がかわいくて愛(いと)おしい。
「お母さんがよく言っていたから移っちゃったみたいで。もしかしておばさんっぽい?」
「そんなことないって。痛い目見せてやるとか言うよりずっと山岸さんらしい」
ひどい目に遭っているのに悪人になれない。そんな千尋が好きだと思う。
「私らしい? 相川君の中で私ってどんな人になってるのかな。考えると不安になるよ」
「どうして不安? 山岸さんの評価はかなり高いって昼間も言ったのに」
彼女が穂高の心の中を覗(のぞ)いたら驚くだろう。
自覚こそしていなかったが、彼女をずっと好ましいと思っていた。
大切でいつも笑顔でいてほしいと思うくらいに。
彼女の長所なら苦もなく言える。
失恋して弱っている女性に付け込むような真似は嫌いだが、伝えたい気持ちが膨らんでいく。
彼女にもっと自信を持ってほしい。
「山岸さんは俺からしたら信じられないくらい他人に寛容で、誰かのために尽くすことができる。そのせいで損をすることがあっても誰かを恨んだりしない。目標に向けて努力する力もある。俺よりずっと根性があるよ」
「……え、あの」
熱が入りすぎただろうか。千尋が動揺してしまった。
恥ずかしいのか、落ち着きがない。
その様子すらかわいくて、わかっているのについ意地悪で聞いてしまう。
「どうかした?」
「いや……相川君がやけに褒めてくるから照れるなと」
正直な返事にくすりと笑ってしまった。
「これくらいで? 本当に耐性がないのな?」
あまりからかうのは可哀想なので、いつもの調子で突き放してみる。
すると千尋はほっとした様子だった。
「仕方ないでしょ。実際慣れてないんだから! つい浮かれちゃうの」
「ああ……大学デビューした男が、イケメンって言われて異常に舞い上がるあれ?」
ただの同僚のたわいない会話に千尋は安心している。
「そんな感じかも……相川君は関係ない感じだね」
「俺は山岸さんほど純粋じゃないから、褒められてもそんなに心に響かないな」
外見を何度か褒められたことはあるが、それほど心は弾まなかった。
仕事が早いとか、走るのが速いねとか言われるのと変わらない。
でも千尋に言われたら、違うかもしれない。
「山岸さんは俺がイケメンだと思ってるってこと?」
ストレートに聞くと、千尋はそうだと肯定する。
「知らなかった。山岸さんって俺のことそんな目で見てたんだ?」
そんなわけがないとわかっている。
けれど柄にもなく気持ちが舞い上がり、ついまた千尋をからかってしまった。
「ち、違うよ! 聞かれたから答えただけで、深い意味なんてないから!」
それは残念だ。やましい気持ちを持ってくれた方がうれしいのに。
そんな本音を隠して千尋の隣を歩くのは、少し切なくもあったが楽しかった。
忙しい年末の仕事を終えて迎えた連休。
元日の朝を穂高はひとり暮らしのマンションで迎えた。
実家は北海道だが、三年前に両親が亡くなり、兄夫婦が住むようになった。それからは、あまり帰らなくなり、兄たちに会うのも正月休みくらいだ。
今年は義姉が妊娠中で来客は負担になりそうなので、帰省を取りやめた。
お節(せち)料理など用意をしていないので、新年初の朝食は普通にパンを焼いて食べた。正月らしさはまったくない。
とくにやることもなく、部屋の掃除をしたり、多めに睡眠を取ったりと適当に過ごした。
千尋がどうしているのか何度も考えたが、実家に帰ると言っていたから忙しいのだろう。旧友に会っているかもしれない。
(きっとのん気な顔で笑っているんだろうな)
少し抜けた笑顔を早く見たい。
休みが早く終わってほしいと思うのは初めてだった。
新年初出勤の日。
穂高は少し緊張しながら、建築デザイン部のドアを開いた。
普段よりも早めに出社した同僚が多く、フロア内は挨拶の声で賑わっている。
穂高は気づけば視線を巡らせて千尋を捜していた。
(……いた)
彼女も出勤したばかりのようで、自分の席の傍らに佇んでいた。
清潔感がある白いブラウスは襟を少し抜いて着ている。髪をふわりとまとめ上げているからか、首の細さが際立って見えた。
「……ぎゃふんって」
復讐に比べると一気にスケールダウンだ。でも千尋には似合っているような気がしてつい笑いがこぼれる。
「え、変だった?」
「いや、言葉選びが古風でかわいいなって」
からかわれていると思ったのか、千尋が目を逸らしてしまった。そんな様子がかわいくて愛(いと)おしい。
「お母さんがよく言っていたから移っちゃったみたいで。もしかしておばさんっぽい?」
「そんなことないって。痛い目見せてやるとか言うよりずっと山岸さんらしい」
ひどい目に遭っているのに悪人になれない。そんな千尋が好きだと思う。
「私らしい? 相川君の中で私ってどんな人になってるのかな。考えると不安になるよ」
「どうして不安? 山岸さんの評価はかなり高いって昼間も言ったのに」
彼女が穂高の心の中を覗(のぞ)いたら驚くだろう。
自覚こそしていなかったが、彼女をずっと好ましいと思っていた。
大切でいつも笑顔でいてほしいと思うくらいに。
彼女の長所なら苦もなく言える。
失恋して弱っている女性に付け込むような真似は嫌いだが、伝えたい気持ちが膨らんでいく。
彼女にもっと自信を持ってほしい。
「山岸さんは俺からしたら信じられないくらい他人に寛容で、誰かのために尽くすことができる。そのせいで損をすることがあっても誰かを恨んだりしない。目標に向けて努力する力もある。俺よりずっと根性があるよ」
「……え、あの」
熱が入りすぎただろうか。千尋が動揺してしまった。
恥ずかしいのか、落ち着きがない。
その様子すらかわいくて、わかっているのについ意地悪で聞いてしまう。
「どうかした?」
「いや……相川君がやけに褒めてくるから照れるなと」
正直な返事にくすりと笑ってしまった。
「これくらいで? 本当に耐性がないのな?」
あまりからかうのは可哀想なので、いつもの調子で突き放してみる。
すると千尋はほっとした様子だった。
「仕方ないでしょ。実際慣れてないんだから! つい浮かれちゃうの」
「ああ……大学デビューした男が、イケメンって言われて異常に舞い上がるあれ?」
ただの同僚のたわいない会話に千尋は安心している。
「そんな感じかも……相川君は関係ない感じだね」
「俺は山岸さんほど純粋じゃないから、褒められてもそんなに心に響かないな」
外見を何度か褒められたことはあるが、それほど心は弾まなかった。
仕事が早いとか、走るのが速いねとか言われるのと変わらない。
でも千尋に言われたら、違うかもしれない。
「山岸さんは俺がイケメンだと思ってるってこと?」
ストレートに聞くと、千尋はそうだと肯定する。
「知らなかった。山岸さんって俺のことそんな目で見てたんだ?」
そんなわけがないとわかっている。
けれど柄にもなく気持ちが舞い上がり、ついまた千尋をからかってしまった。
「ち、違うよ! 聞かれたから答えただけで、深い意味なんてないから!」
それは残念だ。やましい気持ちを持ってくれた方がうれしいのに。
そんな本音を隠して千尋の隣を歩くのは、少し切なくもあったが楽しかった。
忙しい年末の仕事を終えて迎えた連休。
元日の朝を穂高はひとり暮らしのマンションで迎えた。
実家は北海道だが、三年前に両親が亡くなり、兄夫婦が住むようになった。それからは、あまり帰らなくなり、兄たちに会うのも正月休みくらいだ。
今年は義姉が妊娠中で来客は負担になりそうなので、帰省を取りやめた。
お節(せち)料理など用意をしていないので、新年初の朝食は普通にパンを焼いて食べた。正月らしさはまったくない。
とくにやることもなく、部屋の掃除をしたり、多めに睡眠を取ったりと適当に過ごした。
千尋がどうしているのか何度も考えたが、実家に帰ると言っていたから忙しいのだろう。旧友に会っているかもしれない。
(きっとのん気な顔で笑っているんだろうな)
少し抜けた笑顔を早く見たい。
休みが早く終わってほしいと思うのは初めてだった。
新年初出勤の日。
穂高は少し緊張しながら、建築デザイン部のドアを開いた。
普段よりも早めに出社した同僚が多く、フロア内は挨拶の声で賑わっている。
穂高は気づけば視線を巡らせて千尋を捜していた。
(……いた)
彼女も出勤したばかりのようで、自分の席の傍らに佇んでいた。
清潔感がある白いブラウスは襟を少し抜いて着ている。髪をふわりとまとめ上げているからか、首の細さが際立って見えた。