失恋したので復讐します
もうどん底まで落ちていると思っていた心が、さらに深く沈んでいく。
慣れた様子で〝理沙〟と呼んでいるうえに、噂になるくらいふたりで堂々と行動しているのだ。啓人が一方的に想いを寄せているのではなく、すでに付き合っているのかもしれない。
(私……二股されてたんだ。それで都合のいい女って切り捨てられるなんて……)
あまりにひどい裏切りに胸が痛い。
心変わりをしたのは仕方がないとしても、別れる相手に対する慈悲のなさは信じられないほどだと感じた。
千尋がショックのあまりなにも言えなくなっているのをいいことに、啓人は勝手に話を進めてしまう。
「お前は余計なこと言うなよ?」
まるで脅すかのような言い方だ。
「余計な?」
「会社で俺と付き合ってたとか言って騒ぐなってことだよ。まあ言ったところで信じるやつはいないだろうけどな」
「啓人、待って……」
一気に話を進められてしまい思考が追いつかずに制止すると、啓人は不愉快そうに顔をしかめた。
「これからは名前で呼ぶな」
「え?」
「もう他人なんだから当然だろう? じゃあもう行くわ」
啓人がかたんと椅子を鳴らして立った。言いたいことをすべて言い終えてすっきりしたからか、機嫌がよさそうな明るい表情だ。
後ろめたさなんて感じていないのだろう。振り返らずに去っていく啓人の後ろ姿に、千尋は声をかけることができなくて……二年付き合った恋人との終わりは、あまりに呆気ないものだった。
その週末はろくに眠ることすらできなかった。
失恋して、思い描いていた幸せな未来が崩れ去ってしまった現実がどうしても受け止められなくて。
まるで害虫でも見るかのような、不快感に満ちた啓人の目を思い出すと息ができなくなるような苦しさを感じた。
涙があふれて止まらない。千尋は布団にくるまって突然訪れた別れを嘆き続けた。
週明け、千尋が睡眠不足による体のだるさを感じながら出社すると、なぜかやたらと視線を感じた。
存在感がない千尋が注目を浴びることなんて滅多にないのに。
(気のせいかな?)
戸惑いながらもフロアの端にある自席に着き、仕事の準備を始める。しばらくすると、出入口が賑(にぎ)やかになった。視線をやると、啓人と理沙の姿があった。
啓人はノートパソコンを、理沙はタブレットを手にしているから、早出をして打ち合わせでもしていたのかもしれない。
同僚たちがふたりに近づき、親しげに声をかけた。
社内でも目立つふたりだから珍しい光景ではないが、今の千尋にとってはつらい。
楽しそうに笑い合うふたりを見ていると、信じたくない一昨日(おととい)の出来事が現実だと思い知らされる。
それなら見なければいいとわかっているけれど、気になってしまう。
そのとき啓人の視線が千尋に向いた。
目が合った途端、彼は笑顔を消して、いかにも不快そうに目を細めた。
千尋は全身の体温が急速に下がるような、嫌な感覚を抱きながら目を伏せた。
彼の、まるで敵を見るような眼差しがつらくて、胃がきりきりと痛みだす。
(私のことがわずらわしいのかもしれないけど……)
これからずっと啓人は千尋に対し敵意を見せるのだろうか。
そう考えると絶望で目の前が真っ暗になる気がした。
啓人に嫌われてしまったのは理解した。
もう戻れないのだとわかっている。
これ以上傷つかないためには、啓人のことは忘れて関わらない方がいいのだろう。
(でもずっと好きだったのに、急に切り替えることなんてできないよ)
未練を断ち切る方法があれば、誰か教えてほしかった。
慣れた様子で〝理沙〟と呼んでいるうえに、噂になるくらいふたりで堂々と行動しているのだ。啓人が一方的に想いを寄せているのではなく、すでに付き合っているのかもしれない。
(私……二股されてたんだ。それで都合のいい女って切り捨てられるなんて……)
あまりにひどい裏切りに胸が痛い。
心変わりをしたのは仕方がないとしても、別れる相手に対する慈悲のなさは信じられないほどだと感じた。
千尋がショックのあまりなにも言えなくなっているのをいいことに、啓人は勝手に話を進めてしまう。
「お前は余計なこと言うなよ?」
まるで脅すかのような言い方だ。
「余計な?」
「会社で俺と付き合ってたとか言って騒ぐなってことだよ。まあ言ったところで信じるやつはいないだろうけどな」
「啓人、待って……」
一気に話を進められてしまい思考が追いつかずに制止すると、啓人は不愉快そうに顔をしかめた。
「これからは名前で呼ぶな」
「え?」
「もう他人なんだから当然だろう? じゃあもう行くわ」
啓人がかたんと椅子を鳴らして立った。言いたいことをすべて言い終えてすっきりしたからか、機嫌がよさそうな明るい表情だ。
後ろめたさなんて感じていないのだろう。振り返らずに去っていく啓人の後ろ姿に、千尋は声をかけることができなくて……二年付き合った恋人との終わりは、あまりに呆気ないものだった。
その週末はろくに眠ることすらできなかった。
失恋して、思い描いていた幸せな未来が崩れ去ってしまった現実がどうしても受け止められなくて。
まるで害虫でも見るかのような、不快感に満ちた啓人の目を思い出すと息ができなくなるような苦しさを感じた。
涙があふれて止まらない。千尋は布団にくるまって突然訪れた別れを嘆き続けた。
週明け、千尋が睡眠不足による体のだるさを感じながら出社すると、なぜかやたらと視線を感じた。
存在感がない千尋が注目を浴びることなんて滅多にないのに。
(気のせいかな?)
戸惑いながらもフロアの端にある自席に着き、仕事の準備を始める。しばらくすると、出入口が賑(にぎ)やかになった。視線をやると、啓人と理沙の姿があった。
啓人はノートパソコンを、理沙はタブレットを手にしているから、早出をして打ち合わせでもしていたのかもしれない。
同僚たちがふたりに近づき、親しげに声をかけた。
社内でも目立つふたりだから珍しい光景ではないが、今の千尋にとってはつらい。
楽しそうに笑い合うふたりを見ていると、信じたくない一昨日(おととい)の出来事が現実だと思い知らされる。
それなら見なければいいとわかっているけれど、気になってしまう。
そのとき啓人の視線が千尋に向いた。
目が合った途端、彼は笑顔を消して、いかにも不快そうに目を細めた。
千尋は全身の体温が急速に下がるような、嫌な感覚を抱きながら目を伏せた。
彼の、まるで敵を見るような眼差しがつらくて、胃がきりきりと痛みだす。
(私のことがわずらわしいのかもしれないけど……)
これからずっと啓人は千尋に対し敵意を見せるのだろうか。
そう考えると絶望で目の前が真っ暗になる気がした。
啓人に嫌われてしまったのは理解した。
もう戻れないのだとわかっている。
これ以上傷つかないためには、啓人のことは忘れて関わらない方がいいのだろう。
(でもずっと好きだったのに、急に切り替えることなんてできないよ)
未練を断ち切る方法があれば、誰か教えてほしかった。