失恋したので復讐します
そもそも本音を隠して振る舞うなんて、千尋が最も苦手とする分野だ。となれば。
(相川君とはしばらく距離を置いた方がいいのかな)
少なくとも千尋のこの舞い上がった恋心が落ち着くまでは。
顔を見るたびににやにやしていては、一日もかからずにばれてしまうだろう。
「やっぱり相川君とはしばらく話さないようにしよう」
千尋は決意とともに、ひとりつぶやいたのだった。
[T234] 決心したとおり、アウロラに寄るのを控え、デザインの進捗状況の確認などはメッセージでやり取りすることにした。
スポーツジムは定期的に通っているが、もともと時間が重なることはなかったので顔を合わせる心配はないだろう。
オフィスではどうしても会ってしまうが、穂高は啓人から引き継いだ新規案件のプロジェクトが忙しいようで外出が多く、意外と接点がない。[T235][RY236]これなら自然に距離を置くことができるだろう。
そう思っていたのだけれど、ある日の残業中に、会議室で穂高とふたりきりになってしまった。
千尋が会議室の大きな机で作業をしているところに、突然穂高がやって来た。
「あ、相川君? ど、どうしてここに」
油断していた千尋は動揺を隠せない。変に裏返った声が出てしまった。穂高は相当不審に感じたのか、形のよい眉を顰めた。
「最近、情報交換できてなかったからだけど。なんでそんなに驚いてるんだよ?」
「え、ええと……なんでだろ?」
うまく誤魔化すことができず、訳がわからない返事になってしまった。
「疲れてるみたいだな」
穂高は千尋が疲れてぼんやりしているのだと、よい方向に誤解してくれたようだ。心配そうな目で机の上に広がった大量の図面を眺めている。
「これ、過去の図面?」
「うん。整理するように言われて」
今は、データ化して破棄するものと、紙のまま保存するものとを仕訳けていたところだ。
「最近やけに忙しそうにしていたのは、このせいか」
穂高が納得したように呟く。
「そ、そうなの! とにかく量が膨大で。普段の仕事もあるから時間がなくて」
「それなら打ち合わせはまた今度にした方がいいな」
実際はそこまで余裕がないわけではないが、千尋はこくこくと頷いた。
穂高に嘘をついている罪悪感で苦しいが、まだ気持ちが落ち着かず彼と普通に接するのが難しい。ふたりきりで打ち合わせなんて無理だ。
(きっと挙動不審な態度ばかりになって、変に思われるよ)
「あまり無理しないで分担するなりしろよ。飲み会の計画するくらい余裕があるやついるんだから」
「飲み会? そんな計画があるの?」
「ああ、気楽なものだよな」
穂高があげたのは、今年二年目になる若い女性社員の名前だった。理沙のように目立っているわけではないが、なかなか可愛らしい子だ。
「……もしかして相川君も誘われてるの?」
つい気になって、聞いてしまう。
「誘われたけど断った」
「そ、そうなんだ」
(そういえば、相川君は会社の飲み会には滅多に参加しない人だった)
千尋の後輩女性が何度か声をかけていたけれど、全てすげなく断られたと愚痴を零していたのを思い出した。
『恋愛なんて仕事の邪魔だって馬鹿にしてるんですよ』とも言っていた。
(恋愛は仕事の邪魔か……)
憂鬱さがこみ上げる。
穂高本人から聞いた話ではないから、本当のところは分からない。そもそも彼の恋愛に関する話は一度もしたことがなかった。彼の恋愛観も女性の好みも何も知らない。
(分かるのは、私が対象外ってくらいだよね)
それから恋愛に気を取られている場合ではないということ。
今優先すべきは、啓人に自分が犯した罪の責任をとってもらうことなのだから。
それを疎かにしたら穂高に失望されて、友情まで失ってしまうかもしれない。
(そんなのいやだ。絶対にがっかりされたくない……)
「大丈夫か? やっぱり様子がおかしく見える」
考え込み無言になってしまったからか、穂高が心配そうに千尋を見つめていた。
「あ……大丈夫。なんでもないよ。仕事が落ち着くまではもうちょっとかかりそうだけど。すぐ打ち合わせできなくてごめんね」
「……ああ」
笑って誤魔化したけれど、穂高は納得いかないように眉をひそめていた。
その日を最後に、穂高とは距離ができた。オフィスで見かけても、話はしない。
考えみると以前も仕事で用があるときくらいしか会話はなかったのだから、もとに戻っただけなのだ。
でも寂しく感じるのは、それだけ千尋の気持ちが変化したということだろう。
一月下旬。穂高を好きだと自覚してから三週間が経った。
彼と距離を置いているが、恋心は落ち着かないままだった。
(相川君とはしばらく距離を置いた方がいいのかな)
少なくとも千尋のこの舞い上がった恋心が落ち着くまでは。
顔を見るたびににやにやしていては、一日もかからずにばれてしまうだろう。
「やっぱり相川君とはしばらく話さないようにしよう」
千尋は決意とともに、ひとりつぶやいたのだった。
[T234] 決心したとおり、アウロラに寄るのを控え、デザインの進捗状況の確認などはメッセージでやり取りすることにした。
スポーツジムは定期的に通っているが、もともと時間が重なることはなかったので顔を合わせる心配はないだろう。
オフィスではどうしても会ってしまうが、穂高は啓人から引き継いだ新規案件のプロジェクトが忙しいようで外出が多く、意外と接点がない。[T235][RY236]これなら自然に距離を置くことができるだろう。
そう思っていたのだけれど、ある日の残業中に、会議室で穂高とふたりきりになってしまった。
千尋が会議室の大きな机で作業をしているところに、突然穂高がやって来た。
「あ、相川君? ど、どうしてここに」
油断していた千尋は動揺を隠せない。変に裏返った声が出てしまった。穂高は相当不審に感じたのか、形のよい眉を顰めた。
「最近、情報交換できてなかったからだけど。なんでそんなに驚いてるんだよ?」
「え、ええと……なんでだろ?」
うまく誤魔化すことができず、訳がわからない返事になってしまった。
「疲れてるみたいだな」
穂高は千尋が疲れてぼんやりしているのだと、よい方向に誤解してくれたようだ。心配そうな目で机の上に広がった大量の図面を眺めている。
「これ、過去の図面?」
「うん。整理するように言われて」
今は、データ化して破棄するものと、紙のまま保存するものとを仕訳けていたところだ。
「最近やけに忙しそうにしていたのは、このせいか」
穂高が納得したように呟く。
「そ、そうなの! とにかく量が膨大で。普段の仕事もあるから時間がなくて」
「それなら打ち合わせはまた今度にした方がいいな」
実際はそこまで余裕がないわけではないが、千尋はこくこくと頷いた。
穂高に嘘をついている罪悪感で苦しいが、まだ気持ちが落ち着かず彼と普通に接するのが難しい。ふたりきりで打ち合わせなんて無理だ。
(きっと挙動不審な態度ばかりになって、変に思われるよ)
「あまり無理しないで分担するなりしろよ。飲み会の計画するくらい余裕があるやついるんだから」
「飲み会? そんな計画があるの?」
「ああ、気楽なものだよな」
穂高があげたのは、今年二年目になる若い女性社員の名前だった。理沙のように目立っているわけではないが、なかなか可愛らしい子だ。
「……もしかして相川君も誘われてるの?」
つい気になって、聞いてしまう。
「誘われたけど断った」
「そ、そうなんだ」
(そういえば、相川君は会社の飲み会には滅多に参加しない人だった)
千尋の後輩女性が何度か声をかけていたけれど、全てすげなく断られたと愚痴を零していたのを思い出した。
『恋愛なんて仕事の邪魔だって馬鹿にしてるんですよ』とも言っていた。
(恋愛は仕事の邪魔か……)
憂鬱さがこみ上げる。
穂高本人から聞いた話ではないから、本当のところは分からない。そもそも彼の恋愛に関する話は一度もしたことがなかった。彼の恋愛観も女性の好みも何も知らない。
(分かるのは、私が対象外ってくらいだよね)
それから恋愛に気を取られている場合ではないということ。
今優先すべきは、啓人に自分が犯した罪の責任をとってもらうことなのだから。
それを疎かにしたら穂高に失望されて、友情まで失ってしまうかもしれない。
(そんなのいやだ。絶対にがっかりされたくない……)
「大丈夫か? やっぱり様子がおかしく見える」
考え込み無言になってしまったからか、穂高が心配そうに千尋を見つめていた。
「あ……大丈夫。なんでもないよ。仕事が落ち着くまではもうちょっとかかりそうだけど。すぐ打ち合わせできなくてごめんね」
「……ああ」
笑って誤魔化したけれど、穂高は納得いかないように眉をひそめていた。
その日を最後に、穂高とは距離ができた。オフィスで見かけても、話はしない。
考えみると以前も仕事で用があるときくらいしか会話はなかったのだから、もとに戻っただけなのだ。
でも寂しく感じるのは、それだけ千尋の気持ちが変化したということだろう。
一月下旬。穂高を好きだと自覚してから三週間が経った。
彼と距離を置いているが、恋心は落ち着かないままだった。