失恋したので復讐します
 ときどき顔を見るとドキドキしてしまって直視できない。不自然な態度は取りたくないのに、ぎこちない反応ばかりしてしまう。接点が減らしたのは、むしろ逆効果なのかもしれないと思い始めたところだ。
(私、なにをやってるんだろう)
 自分磨きは怠けずに続けている。筋トレのレベルが上がったし持久力もついたとトレーナーに褒められた。体も順調に引き締まり、昨日ついに四〇キロ台に突入した。
 この後は健康的なスタイルを維持できるように努めようと、達成感でいっぱいになっている。
(相川君にもこの喜びを伝えたかったな)
 きっとがんばったなと言ってくれるだろう。
 いつものように、少し目を細めた優しい笑顔で。
 そんなふうに離れていても結局彼のことばかり考えているのだから、恋心が静まる日はないのかもしれない。

 午前中の仕事を終えると、千尋はバッグを持って席を立った。
 今日は久しぶりに文美と外食することになっている。
 フロアを出たが廊下に文美の姿がないため、スマホを確認する。
【打ち合わせが長引きそうだから、先に行ってて】
 了解のスタンプを返してから、千尋はひとりオフィスビルを出た。
 五分ほど歩いたところにあるイタリアンレストランに入る。少々高いけれど味は最高なので、二カ月に一度くらい文美と一緒に来る店だ。
 案内してもらった四人掛けの席に座りメニューを眺めていると、ふと視界に影が差した。
 もう文美が着いたのかと視線を上げた千尋は驚きのあまり動きを止めた。
「……葛城さん? どうしてここに」
 張りつめた表情で佇む理沙に、恐る恐る問いかける。
「山岸さんに聞きたいことがあります」
 理沙はそう言うと、千尋の対面の席に腰を下ろした。
「え? その席、もうすぐ私の連れが来るんだけど……」
「すぐ済みますから」
 理沙は以前話したときと同様に強引だった。
「でも……」
 千尋は出入口に視線を向けた。文美はまだ来ていない。
「辻浦さんのことです」
 理沙が厳しい声で切り出した。
「辻浦さんから山岸さんと一時期付き合っていたことを聞きました。別れた理由は、山岸さんが彼に頼ってばかりで負担が大きかったからだそうですね。仕事が忙しい彼を束縛して面倒ごとを押しつけて。そのくせ自分はなんの努力もしなかったとか。だから別れたいと言ったら付きまとうようになって、本当に迷惑していたと」
「……辻浦君はそんなふうに言ってるんだ」
 ずいぶんな言いようだが、啓人ならそれくらい言うと思った。
「辻浦さん、山岸さんがしつこく付きまとうことにずっと我慢していたそうです。でも耐えられなくなって周りの人に相談したって……本当なんですか?」
 理沙は早口でそう言うと、千尋を真っすぐ見つめてきた。
 てっきり、啓人の嘘を信じた彼女に責められると思っていたけれどそうではなく、千尋の返事を待っているようだ。
「違うよ。信じてくれないかもしれないけど、私は付きまといなんてしてない」
「具体的にどう違うんですか?」
「……葛城さんはどうしてそんなことを聞くの?」
 理沙の顔には焦りのようなものが表れている。
「ただふたりの別れの原因が知りたいんです」
「それはどうして?」
 理沙は一瞬ためらいながらも、千尋を強い目で見つめて口を開いた。
「辻浦さんの話に違和感があるからです。彼が嘘をついているような気がして……だからはっきりさせたいんです」
「……そうなんだ」
 ふたりの間になにがあったのかはわからない。けれど、啓人を盲目的に信じているように見えた理沙が。こうして千尋に話を聞きに来たのは、信頼が崩れるようななにかがあったからだろう。
「事情はわかったけど、私が言えるのは、付きまといはしていないし、仕事で頼った覚えもないってことくらい。辻浦君に別れようって言われてからは、仕事以外の関わりは持ってないの」
「それならどうして辻浦さんは、山岸さんに迷惑しているって言うんですか? ただ別れただけなのに悪く言うのは変ですよね?」
「辻浦君の考えは私にはわからない。葛城さんが彼に不信感があるなら、その気持ちを伝えて話し合ってみた方がいいんじゃないかな」
「とっくにそうしましたけど納得がいかないから、山岸さんに聞いてるんです」
 千尋は困惑して眉尻を下げた。
 啓人が千尋をストーカー扱いしているのは、恋人同士だったことを知られないようにするためと、千尋への苛立ちからだ。理沙に知られた今でも嘘をつき続けるのは、今さら主張を変えられないからだろうか。
「辻浦君のどんなところに違和感があるの?」
「それは……」
 答えづらいのか理沙が口ごもった。そのとき。
「千尋、遅くなってごめん?」
 文美が急ぎ足でやって来て、理沙に気づくと立ち止まった。
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