失恋したので復讐します
「あれ、葛城さん?」
「……あなたは構造設計の」
理沙は名残惜しそうに千尋を見てから、ゆっくりと立ち上がった。
「失礼します」
軽く頭を下げると、足早に店を出ていく。
「え、どういうこと?」
文美は戸惑いながら、理沙が座っていた椅子に腰を下ろした。
「葛城さんと偶然会って、いろいろ聞かれてたの」
「辻浦のこと? 大丈夫だった?」
「うん、実は……」
事情を説明すると、文美は考え込むように腕を組みうつむいた。しばらくしてから顔を上げ、千尋を見て眉をひそめる。
「それって辻浦に不信感を持ってるってことだよね。それでなにかを探ってる」
「やっぱり、そうだよね」
「たぶんね。連休中にトラブルがあったのかもしれない。辻浦、いい気味」
文美はにやりと悪い笑みを浮かべる。
「もしかしたら予定よりもずっと早く、辻浦は痛い目を見るかもね」
「痛い目って?」
「あの理沙って子は違和感があるからって千尋に聞きに来るような、直情型の性格みたいだから、人目をはばからず騒ぎそう。しかも重役令嬢だから問題が起きたときに辻浦にも部長にも隠しきれない。辻浦って今ピンチなのかも」
「……あ」
少し前に穂高から聞いた言葉を思い出した。
『やけにイライラしてたら、山岸さんにあたってないかと思って』
穂高が異変に気づくほど、いつもと様子が違っていたということだ。
「部内で変わったことはないの?」
「とくには……ひとりずっと休んでる人がいるくらいかな」
「病欠?」
「そう。病名はわからないんだけど、それまで元気だったからどうしたのかってみんな心配してる」
千尋の三年後輩で、昨年建築士の登録をした男性社員だ。
口数が少ないのであまり存在感はないが、真面目でこつこつ仕事をするタイプ。
ずる休みをするとは思えないので、本当に体調を崩しているのだろう。
「心配だけど関係はなさそうだよね」
「うん……」
結局、理沙の行動の理由はわからないままだ。
「それより、千尋も最近なにか変わったことあったんじゃない?」
文美の雰囲気ががらりと変わった。どこかからかうような表情で千尋をうかがっている。
「え……変わったって?」
「うーん……もしかして好きな人でもできたのかなって」
「えっ? ま、まさか……」
(なんでばれてるの?)
文美の鋭さに驚愕する。
「なんとなく? 千尋の雰囲気というか、恋してる顔というか」
「なにそれ。そんな顔ないでしょ」
「あるって。切なそうな横顔とか」
「う、嘘でしょ……」
自分がそんな顔をしていたなんて信じられない。
(まさか相川君にはばれてないよね?)
ドキドキしていると文美がにやりと笑った。
「やっぱりいるんだ。千尋はすぐ顔に出るからごまかせないよ。早く言いなさい」
「い、いないってば」
文美の追及にたじたじになりながら、千尋は黙秘を貫く。
穂高を好きになったなんて、今はまだ文美にも言えない。
距離を置いても気持ちはおさまらないし、自分でもどうすればいいのかわからない。
「……そんな厄介な相手なの?」
文美の中ではもう確定事項になっている。
「うん、事情があって……気持ちの整理をつけたら文美にもちゃんと話すから」
「わかった。でもあまり難しく考えない方がいいよ。人を好きになるのは本来単純なことなんだから」
「……そうだね」
単純なこと。たしかにそうかもしれないけれど、千尋には難しい。
でも穂高への気持ちはもう変えられないところまできていると感じた。
午後。一時間ほど残業をして午後七時過ぎに仕事を終えた。
フロアを出てエレベーターに乗る。乗ったのは千尋ひとり。すぐに扉が閉まりぐんと箱が上がっていく。
「あ!」
千尋は小さな声をあげた。
(間違って上階行きに乗っちゃった)
中層フロア用のエレベーターだから途中で折り返すが、ぼんやりしている自分が恥ずかしい。
折り返したエレベーターが再び建築デザイン部のフロアがある階に着く。
扉が開き乗ってきたのは穂高だった。
「え?」
うつむきがちだった彼は、千尋が乗っているのに気づくと目を丸くした。
千尋は気まずさを覚えながら、ごまかすように笑った。
「ええと。間違って上に乗っちゃって」
「相変わらずだよな」
穂高がくすりと笑う。綺麗なアーモンド形の目が優しく細くなる。千尋は胸がときめくのを自覚した。
(どうしよう。相川君がすごくかっこよく見えちゃう)
「なんだか久しぶりな感じがする」
ドキドキする中、穂高が話しかけてきた。
「そ、そうだね」
「……もしかして俺のこと避けてる?」
わずかな沈黙の後に告げられた言葉に、千尋の心臓が今までとは別の意味で音を立てた。
(どうしてばれてるの?)
「……あなたは構造設計の」
理沙は名残惜しそうに千尋を見てから、ゆっくりと立ち上がった。
「失礼します」
軽く頭を下げると、足早に店を出ていく。
「え、どういうこと?」
文美は戸惑いながら、理沙が座っていた椅子に腰を下ろした。
「葛城さんと偶然会って、いろいろ聞かれてたの」
「辻浦のこと? 大丈夫だった?」
「うん、実は……」
事情を説明すると、文美は考え込むように腕を組みうつむいた。しばらくしてから顔を上げ、千尋を見て眉をひそめる。
「それって辻浦に不信感を持ってるってことだよね。それでなにかを探ってる」
「やっぱり、そうだよね」
「たぶんね。連休中にトラブルがあったのかもしれない。辻浦、いい気味」
文美はにやりと悪い笑みを浮かべる。
「もしかしたら予定よりもずっと早く、辻浦は痛い目を見るかもね」
「痛い目って?」
「あの理沙って子は違和感があるからって千尋に聞きに来るような、直情型の性格みたいだから、人目をはばからず騒ぎそう。しかも重役令嬢だから問題が起きたときに辻浦にも部長にも隠しきれない。辻浦って今ピンチなのかも」
「……あ」
少し前に穂高から聞いた言葉を思い出した。
『やけにイライラしてたら、山岸さんにあたってないかと思って』
穂高が異変に気づくほど、いつもと様子が違っていたということだ。
「部内で変わったことはないの?」
「とくには……ひとりずっと休んでる人がいるくらいかな」
「病欠?」
「そう。病名はわからないんだけど、それまで元気だったからどうしたのかってみんな心配してる」
千尋の三年後輩で、昨年建築士の登録をした男性社員だ。
口数が少ないのであまり存在感はないが、真面目でこつこつ仕事をするタイプ。
ずる休みをするとは思えないので、本当に体調を崩しているのだろう。
「心配だけど関係はなさそうだよね」
「うん……」
結局、理沙の行動の理由はわからないままだ。
「それより、千尋も最近なにか変わったことあったんじゃない?」
文美の雰囲気ががらりと変わった。どこかからかうような表情で千尋をうかがっている。
「え……変わったって?」
「うーん……もしかして好きな人でもできたのかなって」
「えっ? ま、まさか……」
(なんでばれてるの?)
文美の鋭さに驚愕する。
「なんとなく? 千尋の雰囲気というか、恋してる顔というか」
「なにそれ。そんな顔ないでしょ」
「あるって。切なそうな横顔とか」
「う、嘘でしょ……」
自分がそんな顔をしていたなんて信じられない。
(まさか相川君にはばれてないよね?)
ドキドキしていると文美がにやりと笑った。
「やっぱりいるんだ。千尋はすぐ顔に出るからごまかせないよ。早く言いなさい」
「い、いないってば」
文美の追及にたじたじになりながら、千尋は黙秘を貫く。
穂高を好きになったなんて、今はまだ文美にも言えない。
距離を置いても気持ちはおさまらないし、自分でもどうすればいいのかわからない。
「……そんな厄介な相手なの?」
文美の中ではもう確定事項になっている。
「うん、事情があって……気持ちの整理をつけたら文美にもちゃんと話すから」
「わかった。でもあまり難しく考えない方がいいよ。人を好きになるのは本来単純なことなんだから」
「……そうだね」
単純なこと。たしかにそうかもしれないけれど、千尋には難しい。
でも穂高への気持ちはもう変えられないところまできていると感じた。
午後。一時間ほど残業をして午後七時過ぎに仕事を終えた。
フロアを出てエレベーターに乗る。乗ったのは千尋ひとり。すぐに扉が閉まりぐんと箱が上がっていく。
「あ!」
千尋は小さな声をあげた。
(間違って上階行きに乗っちゃった)
中層フロア用のエレベーターだから途中で折り返すが、ぼんやりしている自分が恥ずかしい。
折り返したエレベーターが再び建築デザイン部のフロアがある階に着く。
扉が開き乗ってきたのは穂高だった。
「え?」
うつむきがちだった彼は、千尋が乗っているのに気づくと目を丸くした。
千尋は気まずさを覚えながら、ごまかすように笑った。
「ええと。間違って上に乗っちゃって」
「相変わらずだよな」
穂高がくすりと笑う。綺麗なアーモンド形の目が優しく細くなる。千尋は胸がときめくのを自覚した。
(どうしよう。相川君がすごくかっこよく見えちゃう)
「なんだか久しぶりな感じがする」
ドキドキする中、穂高が話しかけてきた。
「そ、そうだね」
「……もしかして俺のこと避けてる?」
わずかな沈黙の後に告げられた言葉に、千尋の心臓が今までとは別の意味で音を立てた。
(どうしてばれてるの?)