失恋したので復讐します
そんなに不自然な態度は取っていないつもりなのに。
穂高がいかにも悲しそうに肩を落とした。
「ひどいな。理由も言わずに避けるなんて」
「え? いや違うの! 避けてたというか距離を置いただけというか」
自分が誰かを傷つけてしまったと思うと、とくに穂高が相手だからか居ても立ってもいられない気持ちになった。
慌てて言い訳する千尋に、穂高が「距離を置いた?」とつぶやき返す。
「事情があって」
「事情って? 辻浦さんとなにかあった?」
「そうじゃないよ。詳しくは言えないんだけど」
「問題があったら相談してほしいんだけど」
「あの、復讐とは関係ないプライベートのことだから」
どうしようと慌てる千尋に、穂高がすっと真顔になった。
「ふーん……プライベートね」
声がいつになく冷ややかだ。
怒らせてしまったのだと、千尋が内心慌てていると、エレベーターが一階に到着した。
「それじゃあここで。お疲れさま」
穂高は笑顔で言うと、さっさと立ち去ってしまう。
(目が笑ってなかった。怒らせてしまった……)
親身になって協力してくれていたのに、怪しい態度で秘密をほのめかしたのだから穂高の立場としては不満を感じるだろう。
(失敗した……)
千尋は肩を落とした。穂高の姿はもう見えなかった。
◇◇
千尋に避けられている。
そう気づいたのは、一月に入りしばらくした頃だった。
社内コンペの作品の進捗などはメールで報告があるが、バーに立ち寄らなくなったし、オフィスでも視線が合うと不自然に逸らされる。
そんなことが続いていたある日、千尋と偶然エレベーターで鉢合わせた。
彼女は穂高の顔を見ると、ぎくりと顔をこわばらせた。
まるで会ってしまったことを嫌がるように。
感情が顔に出やすい千尋のことだから、おそらく気のせいではないのだろう。
彼女になぜ避けられているのかわからない。
けんかはもちろん、気まずくなるようなきっかけだってないのだから。
気になるのは、最近の啓人の態度くらいだ。
彼はなにか焦っているようで、イライラしていることが多い。近くの席の同僚は気づいているようで困惑している。
過保護なくらい世話をしていた理沙と、あまり一緒にいることがなくなったのも気になる。
千尋の様子がおかしいのは、ふたりの間になにかあったからだろうか。
「もしかして俺のこと避けてる?」
少し迷ってからストレートに聞いてみると、千尋の表情が変化した。なにか後ろめたいことがありそうに見える。
「ひどいな。理由も言わずに避けるなんて」
そう言うと、千尋は慌てて弁解するような発言をしたけれど、結局は詳しくは言えない、復讐とは関係ないプライベートのことだからと、ごまかされた。
千尋とはこれまでずっと復讐の共犯者という形でつながっていた。隠し事が苦手ということもあるだろうが、彼女は穂高にいろいろなことを話してくれた。
だから線を引いてプライバシーに踏み込ませないような、千尋の態度にショックを受けた。
「それじゃあここで。お疲れさま」
動揺している顔を見せたくなくて、大人げなく千尋を置いて、さっさとその場を去った。
「最近、千尋ちゃん来ないね」
営業時間が終わり、クローズ作業をしているとき、昴流がそんなことを言った。
今一番触れらたくない話題だ。
「仕事が忙しいみたいだから」
「そうなんだ。でも忙しいときこそ気分転換が必要なんじゃない? 近いうちに誘ってみなよ」
「そうですね。気が向いたら」
「消極的だな。そんなことだとほかの男に取られるぞ」
今日に限ってなぜ、こんな話をするのだろうか。
穂高は内心ため息をつく。千尋とはそんな関係じゃないと言い返そうと思ったが、余計に面倒なことになりそうなので無言を貫く。
「もしかして千尋ちゃんと、なにかあった?」
「……別になにもないですよ。今日はやけに彼女のことを気にするんですね。そんなに気に入ってるんですか?」
「そんな睨むなよ。いい子だと思ってるけど、女としては見てないから。ただ穂高の元気がないから心配してるだけだよ」
「俺、元気がなく見えてるんですか」
自分ではそんなつもりはない。ただ少し自分の子供っぽい態度を後悔しているだけだ。
線を引かれたと感じたとき、心配だから相談してほしいと冷静に言えばよかったのではないか。
会話をうまく誘導して、なにがあったのか聞き出せばよかったのではないかと。
自分の感情をうまくコントロールできなかったために、後味が悪いことになってしまった。
不器用な態度は自分らしくない気がして……。
穂高がいかにも悲しそうに肩を落とした。
「ひどいな。理由も言わずに避けるなんて」
「え? いや違うの! 避けてたというか距離を置いただけというか」
自分が誰かを傷つけてしまったと思うと、とくに穂高が相手だからか居ても立ってもいられない気持ちになった。
慌てて言い訳する千尋に、穂高が「距離を置いた?」とつぶやき返す。
「事情があって」
「事情って? 辻浦さんとなにかあった?」
「そうじゃないよ。詳しくは言えないんだけど」
「問題があったら相談してほしいんだけど」
「あの、復讐とは関係ないプライベートのことだから」
どうしようと慌てる千尋に、穂高がすっと真顔になった。
「ふーん……プライベートね」
声がいつになく冷ややかだ。
怒らせてしまったのだと、千尋が内心慌てていると、エレベーターが一階に到着した。
「それじゃあここで。お疲れさま」
穂高は笑顔で言うと、さっさと立ち去ってしまう。
(目が笑ってなかった。怒らせてしまった……)
親身になって協力してくれていたのに、怪しい態度で秘密をほのめかしたのだから穂高の立場としては不満を感じるだろう。
(失敗した……)
千尋は肩を落とした。穂高の姿はもう見えなかった。
◇◇
千尋に避けられている。
そう気づいたのは、一月に入りしばらくした頃だった。
社内コンペの作品の進捗などはメールで報告があるが、バーに立ち寄らなくなったし、オフィスでも視線が合うと不自然に逸らされる。
そんなことが続いていたある日、千尋と偶然エレベーターで鉢合わせた。
彼女は穂高の顔を見ると、ぎくりと顔をこわばらせた。
まるで会ってしまったことを嫌がるように。
感情が顔に出やすい千尋のことだから、おそらく気のせいではないのだろう。
彼女になぜ避けられているのかわからない。
けんかはもちろん、気まずくなるようなきっかけだってないのだから。
気になるのは、最近の啓人の態度くらいだ。
彼はなにか焦っているようで、イライラしていることが多い。近くの席の同僚は気づいているようで困惑している。
過保護なくらい世話をしていた理沙と、あまり一緒にいることがなくなったのも気になる。
千尋の様子がおかしいのは、ふたりの間になにかあったからだろうか。
「もしかして俺のこと避けてる?」
少し迷ってからストレートに聞いてみると、千尋の表情が変化した。なにか後ろめたいことがありそうに見える。
「ひどいな。理由も言わずに避けるなんて」
そう言うと、千尋は慌てて弁解するような発言をしたけれど、結局は詳しくは言えない、復讐とは関係ないプライベートのことだからと、ごまかされた。
千尋とはこれまでずっと復讐の共犯者という形でつながっていた。隠し事が苦手ということもあるだろうが、彼女は穂高にいろいろなことを話してくれた。
だから線を引いてプライバシーに踏み込ませないような、千尋の態度にショックを受けた。
「それじゃあここで。お疲れさま」
動揺している顔を見せたくなくて、大人げなく千尋を置いて、さっさとその場を去った。
「最近、千尋ちゃん来ないね」
営業時間が終わり、クローズ作業をしているとき、昴流がそんなことを言った。
今一番触れらたくない話題だ。
「仕事が忙しいみたいだから」
「そうなんだ。でも忙しいときこそ気分転換が必要なんじゃない? 近いうちに誘ってみなよ」
「そうですね。気が向いたら」
「消極的だな。そんなことだとほかの男に取られるぞ」
今日に限ってなぜ、こんな話をするのだろうか。
穂高は内心ため息をつく。千尋とはそんな関係じゃないと言い返そうと思ったが、余計に面倒なことになりそうなので無言を貫く。
「もしかして千尋ちゃんと、なにかあった?」
「……別になにもないですよ。今日はやけに彼女のことを気にするんですね。そんなに気に入ってるんですか?」
「そんな睨むなよ。いい子だと思ってるけど、女としては見てないから。ただ穂高の元気がないから心配してるだけだよ」
「俺、元気がなく見えてるんですか」
自分ではそんなつもりはない。ただ少し自分の子供っぽい態度を後悔しているだけだ。
線を引かれたと感じたとき、心配だから相談してほしいと冷静に言えばよかったのではないか。
会話をうまく誘導して、なにがあったのか聞き出せばよかったのではないかと。
自分の感情をうまくコントロールできなかったために、後味が悪いことになってしまった。
不器用な態度は自分らしくない気がして……。