失恋したので復讐します
「千尋ちゃんと話してるときの穂高はすごく楽しそうだった。会社に失望してからの穂高はいつも冷めていたから、あんな笑顔を見たのは久しぶりだったよ。だから彼女のことが好きなんだと思ってた」
「観察しないでくださいよ」
 昴流が心配してくれているのはわかるが、気まずさからつい素っ気ない言葉が出てしまった。彼は気にした様子もなく言葉を続ける。
「ふたりがうまくいくといいと思ってたんだ」
「……彼女とは本当にそんな関係じゃないですよ。目的のために協力し合っているだけです」
「詳しい事情は知らないけど、その協力だっていつまで続くかわからないんだろ? それに千尋ちゃんが途中で降りる可能性もあるんじゃない?」
「それは……」
 穂高は言葉に詰まり、視線を落とした。
 千尋が途中で復讐を投げ出すなんて考えたことがなかった。
 しかし、気持ちが変わることは当然ありえるのだ。
 たとえば、啓人に対する感情がなくなったとき。復讐することさえ無駄だと思うくらいどうでもいい相手になった場合だ。
 千尋の中でけりがついたことになるから悪いことではないが、穂高の復讐は不完全燃焼に終わってしまう。ただ、それはまだましな方だ。最悪なのは、よりを戻したくなった場合。
 そんなことに今まで思い至らなかったのは、千尋を信頼していたからだ。
 どん底から這(は)い上がろうとがんばっている彼女なら、目的を達すると信じていた。
「人の気持ちは些(さ)細(さい)なきっかけで変わったりするものだよ」
「……そうですね」
 すべてが終わったら千尋に気持ちを伝えようと思っていた。
 でもそんな時間はないかもしれない。
 千尋はどんどん綺麗になっている。自信がついてきているのか、表情も明るくなった。このままではほかの男に奪われるかもしれない。
(すでに、辻浦さんがなにかしている可能性もある)
 啓人の悪事を知った千尋が彼とよりを戻す可能性は低いと思うが、人の気持ちは理性ではままならないものがある。
 千尋の気持ちが啓人に戻り、幸せそうにしていたら、穂高はきっと自分の気持ちを伝えることができないだろう。
 啓人を断罪するとき、千尋はどんな顔をするだろう。
(いや、そんな起きてもいないことを考えても仕方ない)
 こんなふうにうじうじ悩んでいるのは、穂高が行動に移さないから。
 あれこれ理由をつけていたが、結局は告白して今の関係が壊れるのを恐れた自分の弱さが原因なのだ。
 千尋をほかの男に渡したくないなら、行動に移すしかない。
(決着をつけるか)
 決意を固めると、気持ちが晴れやかになるのを感じた。
< 57 / 64 >

この作品をシェア

pagetop