失恋したので復讐します
千尋は真っ青になって声をあげた。
場所が間違っているのかと、すべてのフォルダを確認したが見あたらない。
(どうしよう……穂高はまだ来ていないし)
提出期限まであと三日しかないというのに。
うなだれていると、フロア内がやけに騒がしいことに気がついた。
(なんだろう……)
いつの間にかフロアの中央に人だかりができている。
千尋も席を立って様子をうかがいに行く。
「辻浦さん、これすごくいいですよ!」
中心にいたのは啓人だった。
「これまじで三連覇狙えるかも」
どうやら啓人が社内コンペ用の作品を見せているようだ。
(やっぱり彼もエントリーするんだ……)
仕事が多忙な様子だったし、作品を作っているそぶりもなかったので、千尋は今回は見送る可能性もあると考えていた。
周囲の反応を見る限り、かなりよい出来らしい。
(どうしよう、私たちのはデータが消えちゃったのに)
あのファイルはパスワードが必要だから、誰かがうっかり消してしまったということはないはずだ。
おそらく千尋のミスなのだろう。
自分の駄目さにうなだれていると、思いがけない言葉が耳に届いた。
「森の中の家って感じで素敵ですよね」
(ん? 森の中の家って)
嫌な予感がよぎり、千尋は人をかき分けるようにして、啓人の前に向かう。
彼の作品を確認した瞬間、体が凍りつきそうになった。
「これは……」
どう見ても穂高と千尋が作った作品だった。
(嘘……信じられない)
穂高から啓人が人のアイデアを盗作したという話は聞いていた。
けれどまさかこんなに完全にコピーするだなんて。
「あ、あの……これは私のフォルダに入ってた作品じゃないですか?」
驚きのあまり声をあげてしまった。
周囲の視線が千尋に集まる。
啓人が強い目で千尋を睨んだが、やがてふっと馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
「おもしろい冗談だな。建築士でもない山岸さんが設計デザインをしていたってことか?」
啓人の声を聞いた同僚たちがポカンとした顔をする。次の瞬間どっと笑いが漏れた。
「山岸さんったらどうしたの?」
「いえ、あの……これ相川君との共同作なんです」
「……え?」
穂高の名前を出したからか、戸惑いの空気が辺りを包む。啓人が苛立たしげに目を細めて、千尋を再び睨んだ。
「悪いけど変な言いがかりをつけないでくれるかな?」
「い、言いがかりじゃないです」
「デザインに類似点があるからといって、人の作品を盗作扱いか。ひどいな」
いかにも傷ついたように啓人が肩を落とす。
周囲の反応は、戸惑いながらも啓人に同情的だと感じた。当然だ。彼には過去の実績があるのだから。
「でも、そんなに似るのはおかしくないですか?」
「それなら証拠はあるのかな?」
啓人がにやりと笑った。
「証拠?」
そんなものはない。証拠を用意せずに衝動的に声をあげてしまったのだから。
啓人は不敵な態度で、千尋が慌てふためく様子を眺めている。その態度から確信した。データを消したのは啓人なのだ。千尋と穂高が盗作の証拠を用意できないように。
彼はなぜかパスワードを知っていて、簡単にセキュリティを通過することができたのだろう。
(でもどうして?)
千尋のパスワードは、啓人と別れた後に変更しているため、知られていないはずなのに。
「証拠がないのに人を泥棒みたいに言うのは失礼じゃないか? これは問題にさせてもらうから」
啓人はまったく悪びれず、千尋を悪者にしようとする。
平然と悪事を働ける彼が怖かった。そして穂高から啓人のずるさを聞いていながら、まんまと罠にはめられてしまった自分が情けなくなった。
ここで騒げば騒ぐほど、啓人の有利になっていく。
千尋が口を閉ざしたそのとき。
「証拠ならありますけど」
思いがけない声があがった。全員がばっと声の方を振り返る。
「穂高……」
彼は千尋と目を合わせて軽くうなずくと、ゆっくり歩いてきて啓人の前に立った。
「これは俺と山岸さんで作った作品です。証拠はこちらを」
穂高が差し出したのはタブレット。画面には社内コンペ募集ページが表示されていた。
「これがいったいなんだって……」
つぶやいていた啓人が突然顔色を変える。同僚たちもなにかに気づいたようでざわめき始めた。
(なに?)
千尋も画面を覗き込む。その瞬間気がついた。
エントリーページには、すでに千尋の名前で作品が提出されていたのだ。
「……どうして?」
「今朝早く出社してデータを確認したら消去されていた。これは仕掛けてくるなと思ってコピーデータでひとまずエントリーしておいたんだ。辻浦さんがなに食わぬ顔で他人の作品を自分のものとしてエントリーしないように」
場所が間違っているのかと、すべてのフォルダを確認したが見あたらない。
(どうしよう……穂高はまだ来ていないし)
提出期限まであと三日しかないというのに。
うなだれていると、フロア内がやけに騒がしいことに気がついた。
(なんだろう……)
いつの間にかフロアの中央に人だかりができている。
千尋も席を立って様子をうかがいに行く。
「辻浦さん、これすごくいいですよ!」
中心にいたのは啓人だった。
「これまじで三連覇狙えるかも」
どうやら啓人が社内コンペ用の作品を見せているようだ。
(やっぱり彼もエントリーするんだ……)
仕事が多忙な様子だったし、作品を作っているそぶりもなかったので、千尋は今回は見送る可能性もあると考えていた。
周囲の反応を見る限り、かなりよい出来らしい。
(どうしよう、私たちのはデータが消えちゃったのに)
あのファイルはパスワードが必要だから、誰かがうっかり消してしまったということはないはずだ。
おそらく千尋のミスなのだろう。
自分の駄目さにうなだれていると、思いがけない言葉が耳に届いた。
「森の中の家って感じで素敵ですよね」
(ん? 森の中の家って)
嫌な予感がよぎり、千尋は人をかき分けるようにして、啓人の前に向かう。
彼の作品を確認した瞬間、体が凍りつきそうになった。
「これは……」
どう見ても穂高と千尋が作った作品だった。
(嘘……信じられない)
穂高から啓人が人のアイデアを盗作したという話は聞いていた。
けれどまさかこんなに完全にコピーするだなんて。
「あ、あの……これは私のフォルダに入ってた作品じゃないですか?」
驚きのあまり声をあげてしまった。
周囲の視線が千尋に集まる。
啓人が強い目で千尋を睨んだが、やがてふっと馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
「おもしろい冗談だな。建築士でもない山岸さんが設計デザインをしていたってことか?」
啓人の声を聞いた同僚たちがポカンとした顔をする。次の瞬間どっと笑いが漏れた。
「山岸さんったらどうしたの?」
「いえ、あの……これ相川君との共同作なんです」
「……え?」
穂高の名前を出したからか、戸惑いの空気が辺りを包む。啓人が苛立たしげに目を細めて、千尋を再び睨んだ。
「悪いけど変な言いがかりをつけないでくれるかな?」
「い、言いがかりじゃないです」
「デザインに類似点があるからといって、人の作品を盗作扱いか。ひどいな」
いかにも傷ついたように啓人が肩を落とす。
周囲の反応は、戸惑いながらも啓人に同情的だと感じた。当然だ。彼には過去の実績があるのだから。
「でも、そんなに似るのはおかしくないですか?」
「それなら証拠はあるのかな?」
啓人がにやりと笑った。
「証拠?」
そんなものはない。証拠を用意せずに衝動的に声をあげてしまったのだから。
啓人は不敵な態度で、千尋が慌てふためく様子を眺めている。その態度から確信した。データを消したのは啓人なのだ。千尋と穂高が盗作の証拠を用意できないように。
彼はなぜかパスワードを知っていて、簡単にセキュリティを通過することができたのだろう。
(でもどうして?)
千尋のパスワードは、啓人と別れた後に変更しているため、知られていないはずなのに。
「証拠がないのに人を泥棒みたいに言うのは失礼じゃないか? これは問題にさせてもらうから」
啓人はまったく悪びれず、千尋を悪者にしようとする。
平然と悪事を働ける彼が怖かった。そして穂高から啓人のずるさを聞いていながら、まんまと罠にはめられてしまった自分が情けなくなった。
ここで騒げば騒ぐほど、啓人の有利になっていく。
千尋が口を閉ざしたそのとき。
「証拠ならありますけど」
思いがけない声があがった。全員がばっと声の方を振り返る。
「穂高……」
彼は千尋と目を合わせて軽くうなずくと、ゆっくり歩いてきて啓人の前に立った。
「これは俺と山岸さんで作った作品です。証拠はこちらを」
穂高が差し出したのはタブレット。画面には社内コンペ募集ページが表示されていた。
「これがいったいなんだって……」
つぶやいていた啓人が突然顔色を変える。同僚たちもなにかに気づいたようでざわめき始めた。
(なに?)
千尋も画面を覗き込む。その瞬間気がついた。
エントリーページには、すでに千尋の名前で作品が提出されていたのだ。
「……どうして?」
「今朝早く出社してデータを確認したら消去されていた。これは仕掛けてくるなと思ってコピーデータでひとまずエントリーしておいたんだ。辻浦さんがなに食わぬ顔で他人の作品を自分のものとしてエントリーしないように」