失恋したので復讐します
千尋のつぶやきに答えるように穂高が説明する。
その声はほかの同僚にも聞こえたようで、皆信じられない表情で啓人を見ていた。
「な……なにを言ってるんだ? これは俺の作品だ。盗んだのはお前たちの方だろ!」
「証拠は?」
打って変わって追及される立場になった啓人が、口ごもる。
「……実績を見てもあきらかだ。お前たちにこんな設計ができるわけがない」
「それは証拠にならないですね」
穂高の冷静な声が啓人を追いつめる。
「でもそこまで言うなら、昨年設置した監視カメラを確認しましょうか。システム課に頼んでパソコンのアクセス履歴を見るのもいい。これほどの騒ぎになったのだから、協力してくれるはずです」
「あれは外部から侵入の疑いがあったときや犯罪が起きたときに確認するものだ。部内のいざこざ程度で引っ張り出すようなものじゃない」
啓人はどこまでも抵抗するつもりのようだ。
遠巻きに眺めている部長は啓人と同じ意見なのか、見て見ぬふりを決め込んでいるようだ。
「……俺もこの作品は相川のものだと思う」
しかし沈黙の中、ひとりの社員が口を開いた。
啓人が信じられないといった表情でその社員を見つめる。
「今年になって相川と仕事をしているからわかるんだけど、この設計デザインには相川の癖みたいなものがあると思います。だからしっかり調べた方がいい」
「……実は私も同じ感想。それに昨日山岸さんが残って、相川君となにかやってるところを見たんだ」
「俺も」
勇気を出して発してくれたであろうそのひと言から、さざ波のように声が広がっていく。
それでもまだ啓人はあきらめていないようだったが、思いがけない人物が彼の前に立ち塞がった。
「辻浦さん、あなたは同僚の作品を盗用しましたよね。潔く認めてください!」
理沙だった。彼女は怒りがこもった目で啓人を見つめている。
「り、葛城さん? どうして君までが」
対して啓人の動揺は激しい。
「どうして? 辻浦さんが卑怯なことをするからです。軽蔑します!」
理沙の激しい声が響き渡る。
「待ってくれ、俺は……」
「人の作品を盗むのは初めてじゃないですよね? 私見たんです。辻浦さんが後輩のデザインを奪ったうえに彼に誰にも言わないように脅迫しているのを」
「……う、嘘だ」
「嘘じゃないです。だから佐藤さんはショックでメンタルをやられてしまって、会社に来られないんです」
理沙の言葉は衝撃的だった。最近病欠している社員がいるのは千尋も知っていたが、まさか啓人のせいだったなんて。
(葛城さんが私に辻浦君のことを聞いてきたのは、そのせいだったのかな?)
理沙は啓人に不信感を覚えて、彼女なりに調べていたのかもしれない。
「辻浦さんのこと尊敬していたけど、どうしても納得できませんでした。部下が助けを求めてもなにもしてくれない部長も……だから私から父に報告しました!」
啓人の顔が真っ青になる。遠くでガタンと音がした。目をやると部長が椅子に座り込んでいるのが見えた。
緊迫した中、穂高が啓人に向けて口を開いた。
「もう逃げられませんよ。ほかにも作品の盗用がないか、過去に遡って調べるよう俺からも働きかけるつもりです」
「相川お前……」
啓人がぎろりと穂高を睨む。効果がないと気づいたのか、隣の千尋に視線が移る。
「……山岸さん、頼む、誤解だと言ってくれないか? 俺がそんな惨めな真似をするわけがないだろう?」
啓人はまだ千尋を懐柔できると思っているのかもしれない。期待の眼差しを千尋に向ける。
「君だけは俺を信じてくれるはずだ」
千尋はゆっくり首を横に振った。
「信じられません。惨めな真似だとわかっているなら、不正なんてしなければよかったんです。どうか今まで傷つけた人に謝ってください」
声が震えてしまったけれど、はっきり言った。啓人の顔に絶望が広がる。
「行こう」
千尋は穂高に促されて、振り返らずにその場を立ち去った。
その後、啓人と部長と理沙は別室に移動した。
当然ながら、人事部や役員を巻き込んでの大問題に発展しているようだ。
ほかの社員は通常業務をこなしていたが、皆落ち着きがなく啓人が起こした事件に動揺していた。
「あれからどうなったんだろう。辻浦君たちは結局戻ってこなかったよね」
退社後に寄ったアウロラで、千尋はいつものカウンター席に座り、ため息をこぼした。
「何年にもわたる不正だから、ヒアリングは何日かかかるだろうな。そうでなくても戻ってくる度胸なんてないだろ」
「たしかに」
千尋だったらみんなに合わせる顔がない。
「千尋は大丈夫?」
「私?」
「昔の男があんなことになったから」
穂高が千尋を心配そうに見つめている。
その声はほかの同僚にも聞こえたようで、皆信じられない表情で啓人を見ていた。
「な……なにを言ってるんだ? これは俺の作品だ。盗んだのはお前たちの方だろ!」
「証拠は?」
打って変わって追及される立場になった啓人が、口ごもる。
「……実績を見てもあきらかだ。お前たちにこんな設計ができるわけがない」
「それは証拠にならないですね」
穂高の冷静な声が啓人を追いつめる。
「でもそこまで言うなら、昨年設置した監視カメラを確認しましょうか。システム課に頼んでパソコンのアクセス履歴を見るのもいい。これほどの騒ぎになったのだから、協力してくれるはずです」
「あれは外部から侵入の疑いがあったときや犯罪が起きたときに確認するものだ。部内のいざこざ程度で引っ張り出すようなものじゃない」
啓人はどこまでも抵抗するつもりのようだ。
遠巻きに眺めている部長は啓人と同じ意見なのか、見て見ぬふりを決め込んでいるようだ。
「……俺もこの作品は相川のものだと思う」
しかし沈黙の中、ひとりの社員が口を開いた。
啓人が信じられないといった表情でその社員を見つめる。
「今年になって相川と仕事をしているからわかるんだけど、この設計デザインには相川の癖みたいなものがあると思います。だからしっかり調べた方がいい」
「……実は私も同じ感想。それに昨日山岸さんが残って、相川君となにかやってるところを見たんだ」
「俺も」
勇気を出して発してくれたであろうそのひと言から、さざ波のように声が広がっていく。
それでもまだ啓人はあきらめていないようだったが、思いがけない人物が彼の前に立ち塞がった。
「辻浦さん、あなたは同僚の作品を盗用しましたよね。潔く認めてください!」
理沙だった。彼女は怒りがこもった目で啓人を見つめている。
「り、葛城さん? どうして君までが」
対して啓人の動揺は激しい。
「どうして? 辻浦さんが卑怯なことをするからです。軽蔑します!」
理沙の激しい声が響き渡る。
「待ってくれ、俺は……」
「人の作品を盗むのは初めてじゃないですよね? 私見たんです。辻浦さんが後輩のデザインを奪ったうえに彼に誰にも言わないように脅迫しているのを」
「……う、嘘だ」
「嘘じゃないです。だから佐藤さんはショックでメンタルをやられてしまって、会社に来られないんです」
理沙の言葉は衝撃的だった。最近病欠している社員がいるのは千尋も知っていたが、まさか啓人のせいだったなんて。
(葛城さんが私に辻浦君のことを聞いてきたのは、そのせいだったのかな?)
理沙は啓人に不信感を覚えて、彼女なりに調べていたのかもしれない。
「辻浦さんのこと尊敬していたけど、どうしても納得できませんでした。部下が助けを求めてもなにもしてくれない部長も……だから私から父に報告しました!」
啓人の顔が真っ青になる。遠くでガタンと音がした。目をやると部長が椅子に座り込んでいるのが見えた。
緊迫した中、穂高が啓人に向けて口を開いた。
「もう逃げられませんよ。ほかにも作品の盗用がないか、過去に遡って調べるよう俺からも働きかけるつもりです」
「相川お前……」
啓人がぎろりと穂高を睨む。効果がないと気づいたのか、隣の千尋に視線が移る。
「……山岸さん、頼む、誤解だと言ってくれないか? 俺がそんな惨めな真似をするわけがないだろう?」
啓人はまだ千尋を懐柔できると思っているのかもしれない。期待の眼差しを千尋に向ける。
「君だけは俺を信じてくれるはずだ」
千尋はゆっくり首を横に振った。
「信じられません。惨めな真似だとわかっているなら、不正なんてしなければよかったんです。どうか今まで傷つけた人に謝ってください」
声が震えてしまったけれど、はっきり言った。啓人の顔に絶望が広がる。
「行こう」
千尋は穂高に促されて、振り返らずにその場を立ち去った。
その後、啓人と部長と理沙は別室に移動した。
当然ながら、人事部や役員を巻き込んでの大問題に発展しているようだ。
ほかの社員は通常業務をこなしていたが、皆落ち着きがなく啓人が起こした事件に動揺していた。
「あれからどうなったんだろう。辻浦君たちは結局戻ってこなかったよね」
退社後に寄ったアウロラで、千尋はいつものカウンター席に座り、ため息をこぼした。
「何年にもわたる不正だから、ヒアリングは何日かかかるだろうな。そうでなくても戻ってくる度胸なんてないだろ」
「たしかに」
千尋だったらみんなに合わせる顔がない。
「千尋は大丈夫?」
「私?」
「昔の男があんなことになったから」
穂高が千尋を心配そうに見つめている。