失恋したので復讐します
言い方はともかくとして、同僚の、しかも先輩社員の頼みを、あんなにきっぱり断るなんて。もし千尋がその立場だったら絶対に無理な対応だ。確実に手伝うことになっただろう。
穂高は断っただけでなく、スケジュール管理が甘いなど、相手のよくない点の指摘までしていた。
たとえ事実だとしても、仕事仲間に対してストレートすぎる。
穂高が毒舌と言われるゆえんを、初めて目の当たりにした千尋は驚きを隠せない。
そして後に残されたのは、千尋と怒りに顔を赤く染めた男性社員。
彼はなぜか千尋を睨んでから、足音も荒く去っていった。
なんとか午前の仕事を終えた千尋は、ノートパソコンを閉じて席を立った。
御門都市開発には社員食堂があるが、混雑するし毎日では飽きるので、同フロアの会議室でお弁当を食べることもある。
ただ今日は同僚たちの目が気になってしまい、会社内では落ち着けそうにない。
啓人たちと鉢合わせする恐れもある。
(今日は外で食べよう)
バッグを持ってフロアから出ると、廊下に同期で親友の藤(ふじ)井(い)文(あや)美(み)がいた。
彼女は都市開発事業本部の構造設計部に所属している。
千尋よりも十センチ以上長身のモデルのようなスタイルに、華やかな顔立ち。
はきはきしていて物(もの)怖(お)じしない性格と、千尋とはまったくタイプが違うが不思議と気が合う。啓人との交際も、信頼する彼女にだけは打ち明けていた。
休憩時間が合うときは誘い合ってランチを一緒にとっているから、迎えに来てくれたのだろう。
千尋はその場で足を止めた。
「文美、私今日は外で食べてこようと思って」
彼女には近いうちに啓人にふられたことを話さなくてはならないが、今日はひとりで気持ちを落ち着かせたい。
ところが文美は千尋の腕を引っ張り、エレベーターホールに向かう。いつになく強引なその態度に戸惑っているうちに、上階から下りてきたエレベーターに乗せられていた。
「どうしたの?」
「外出たら話す」
目を丸くする千尋に文美が小声で答える。
一階に下りてエントランスを抜けて外に出た。
文美は早く会社から離れたいと思っているのか、足早に大通りを進んでいく。
五分ほど歩き、月に一度くらいランチに来る少し高めの和食屋の前で立ち止まり千尋を振り返る。
「ここでいい?」
「う、うん」
この店は半個室になっているので、込み入った話をしやすいため選んだのだろう。
席に案内してもらい、大急ぎで注文を済ませると、文美は険しい表情で口を開いた。
「辻浦と千尋のことが噂になってるけど、もう聞いた?」
「えっ……」
千尋は絶句して文美を見つめた。それからごくりと息をのみ、口を開く。
「……聞いてないけど、どんな話なの?」
千尋と啓人が付き合っていることは隠していたので、別れたことも話題にはならないはずだ。
「千尋が辻浦にしつこく付きまとってるって」
「……えっ?」
文美の言葉に、千尋は言葉を失った。
(付きまとってるって、どういうこと?)
訳がわからなくて混乱してしまう。そのときはっと思い出した。
「今朝、出社したときに、やけに見られているなと思ったんだけど、もしかして……」
付きまといの噂を聞いた人たちから、観察されていたのでは。そんな考えが浮かんだタイミングで文美がうなずいた。
「千尋、辻浦のストーカーだって思われて注目されてる」
「やっぱり! ……どうしてそんな話に……」
「辻浦本人がそう言ってるから」
気まずい顔をしながら文美が教えてくれた答えは、衝撃的だった。
「嘘……」
「ほんと。千尋からしつこくされて困ったよって。千尋の部署の人たちにも、今朝話したみたいよ」
千尋が青ざめている中、文美が説明を続ける。
そういえば、啓人は今朝いつもより早く出社していた。朝一の予定の仕事でもあるのかと思っていたが、まさかそんなデマを広めるためだったとは。
「その手の話って、あっという間に伝わるものじゃない? どこで聞きつけたのかうちの後輩まで知っていたよ。とくに辻浦は目立つから関心がある人が多いんだよね」
「……うん」
付き合っているときも啓人は常に注目を浴びていたし、女性社員からの人気が高く、彼にアプローチする人が何人もいた。
でも千尋から見た啓人はいつも誠実だったから、不安にならずに済んでいた。
(あの頃の啓人には、私が嫌な思いをしないように気を使ってくれる優しさがあったのに……)
千尋に寄り添ってくれていた頃の彼と、別れを告げてからの冷酷な彼があまりに違っていて、千尋はまだ混乱の中にいる。
嘘をついてまで千尋を貶めようとするなんて、まるで悪夢のようだ。
「辻浦とは別れたってことだよね?」
穂高は断っただけでなく、スケジュール管理が甘いなど、相手のよくない点の指摘までしていた。
たとえ事実だとしても、仕事仲間に対してストレートすぎる。
穂高が毒舌と言われるゆえんを、初めて目の当たりにした千尋は驚きを隠せない。
そして後に残されたのは、千尋と怒りに顔を赤く染めた男性社員。
彼はなぜか千尋を睨んでから、足音も荒く去っていった。
なんとか午前の仕事を終えた千尋は、ノートパソコンを閉じて席を立った。
御門都市開発には社員食堂があるが、混雑するし毎日では飽きるので、同フロアの会議室でお弁当を食べることもある。
ただ今日は同僚たちの目が気になってしまい、会社内では落ち着けそうにない。
啓人たちと鉢合わせする恐れもある。
(今日は外で食べよう)
バッグを持ってフロアから出ると、廊下に同期で親友の藤(ふじ)井(い)文(あや)美(み)がいた。
彼女は都市開発事業本部の構造設計部に所属している。
千尋よりも十センチ以上長身のモデルのようなスタイルに、華やかな顔立ち。
はきはきしていて物(もの)怖(お)じしない性格と、千尋とはまったくタイプが違うが不思議と気が合う。啓人との交際も、信頼する彼女にだけは打ち明けていた。
休憩時間が合うときは誘い合ってランチを一緒にとっているから、迎えに来てくれたのだろう。
千尋はその場で足を止めた。
「文美、私今日は外で食べてこようと思って」
彼女には近いうちに啓人にふられたことを話さなくてはならないが、今日はひとりで気持ちを落ち着かせたい。
ところが文美は千尋の腕を引っ張り、エレベーターホールに向かう。いつになく強引なその態度に戸惑っているうちに、上階から下りてきたエレベーターに乗せられていた。
「どうしたの?」
「外出たら話す」
目を丸くする千尋に文美が小声で答える。
一階に下りてエントランスを抜けて外に出た。
文美は早く会社から離れたいと思っているのか、足早に大通りを進んでいく。
五分ほど歩き、月に一度くらいランチに来る少し高めの和食屋の前で立ち止まり千尋を振り返る。
「ここでいい?」
「う、うん」
この店は半個室になっているので、込み入った話をしやすいため選んだのだろう。
席に案内してもらい、大急ぎで注文を済ませると、文美は険しい表情で口を開いた。
「辻浦と千尋のことが噂になってるけど、もう聞いた?」
「えっ……」
千尋は絶句して文美を見つめた。それからごくりと息をのみ、口を開く。
「……聞いてないけど、どんな話なの?」
千尋と啓人が付き合っていることは隠していたので、別れたことも話題にはならないはずだ。
「千尋が辻浦にしつこく付きまとってるって」
「……えっ?」
文美の言葉に、千尋は言葉を失った。
(付きまとってるって、どういうこと?)
訳がわからなくて混乱してしまう。そのときはっと思い出した。
「今朝、出社したときに、やけに見られているなと思ったんだけど、もしかして……」
付きまといの噂を聞いた人たちから、観察されていたのでは。そんな考えが浮かんだタイミングで文美がうなずいた。
「千尋、辻浦のストーカーだって思われて注目されてる」
「やっぱり! ……どうしてそんな話に……」
「辻浦本人がそう言ってるから」
気まずい顔をしながら文美が教えてくれた答えは、衝撃的だった。
「嘘……」
「ほんと。千尋からしつこくされて困ったよって。千尋の部署の人たちにも、今朝話したみたいよ」
千尋が青ざめている中、文美が説明を続ける。
そういえば、啓人は今朝いつもより早く出社していた。朝一の予定の仕事でもあるのかと思っていたが、まさかそんなデマを広めるためだったとは。
「その手の話って、あっという間に伝わるものじゃない? どこで聞きつけたのかうちの後輩まで知っていたよ。とくに辻浦は目立つから関心がある人が多いんだよね」
「……うん」
付き合っているときも啓人は常に注目を浴びていたし、女性社員からの人気が高く、彼にアプローチする人が何人もいた。
でも千尋から見た啓人はいつも誠実だったから、不安にならずに済んでいた。
(あの頃の啓人には、私が嫌な思いをしないように気を使ってくれる優しさがあったのに……)
千尋に寄り添ってくれていた頃の彼と、別れを告げてからの冷酷な彼があまりに違っていて、千尋はまだ混乱の中にいる。
嘘をついてまで千尋を貶めようとするなんて、まるで悪夢のようだ。
「辻浦とは別れたってことだよね?」