失恋したので復讐します
文美が確認するように言う。
「うん……土曜日に会ったときに別れようって言われちゃったんだ」
「理由は言ってた?」
「……私の察しの悪いところが嫌になったんだって。これ以上一緒にいても得られるものがないとも言われた。でも一番の原因はほかに好きな人ができたからだと思う」
千尋がうなだれながら事情を説明すると、文美は残念そうに眉尻を下げた。けれど驚いた様子はまったくなかった。
「好きな人って葛城理沙さんじゃない?」
千尋は目を見開いた。
「どうして知ってるの?」
「見てたらわかるよ。辻浦はあきらかに葛城さんのこと狙ってたもの。ふたりで帰っていくところを何度か見かけたし噂にもなってたしね」
「そうなんだ……私も少し前にそんな噂は聞いたんだけど信じてなかったんだ」
文美がそうだろうと納得したような表情でうなずいた。
「千尋は辻浦を信じきってたもんね。だから私もなかなか言い出せなくて、結局迷っている間にこんなことになっちゃったんだけど。やっぱり早く千尋に話しておけばよかった、ごめんね」
文美の顔に後悔が浮かぶ。
「文美は悪くないよ。もし話してくれてもそのときの私は誤解だって思っただろうから。彼が心変わりをするなんて考えたこともなかったんだ……馬鹿だよね」
今考えると不思議なくらい千尋は啓人を信じきっていた。
「それだけ彼が好きだったってことだよ」
文美の言う通りだ。初めての恋人だからというだけでなく、彼が千尋を認めてくれたことがなによりうれしかったのだ。
ほかの人なんて目に入らず彼だけを一途に思っていた。
「でもね、千尋のためだと思うから言うけど、辻浦のことは早く忘れた方がいいよ」
断定の言葉に、千尋は息をつめて文美を見つめた。
「そうだよね……わかってるんだけど……」
「心変わりをするのは仕方ないとしても、千尋が動揺している間にデマを広めるなんて悪質すぎる」
「……啓人はどうしてそんな嘘を言いふらすのかな?」
「たぶん、千尋が啓人と付き合ってたってばらしたら困るからだよ。ストーカーってことにしておけば、千尋が後からなにを言っても信じる人は少ないだろうから」
千尋は唇をかみしめた。
文美の推測があたっていると思った。
おそらく啓人は、千尋と付き合っていた事実を、同僚……とくに理沙に知られたくないのだろう。
「辻浦のやったことは最低だよ。そんな人とは別れて正解。きっとその方が幸せになれる」
文美が真剣に千尋のためを思って言ってくれているのが伝わってくる。
「うん。わかってる」
文美が言うことは今の千尋にはつらいことだけれど、きっと正しい。
啓人の態度は普通ではないし、いつまでも未練を持っていても、幸せになれない。だから早く忘れた方がいいのだ。
文美が痛ましげに目を細めた。
「後輩に聞いたらね、辻浦は千尋をストーカー扱いしただけじゃなくて、かなりひどいことを言ってるの」
「……どんなふうに言ってるの?」
「仕事もろくにできなくて、辻浦になにかと依存してばかりで重荷だったとか。とにかく千尋を駄目な女扱いしてるの。最悪なのはそれを信じてしまっている人が多いってこと。辻浦が被害者になってる」
文美が信じられないというようにため息をついた。
「彼はみんなに好かれているし信頼されているからね……」
同僚たちは影が薄い千尋の仕事ぶりなんて、気にしたことがないだろう。啓人の言い分を信じて駄目な女だと思っても仕方がない。
(私は直属上司からも、あまり評価されていないし)
御門都市開発では一年に一度人事査定があり、昇進や昇給などが決定する。
査定の内容を知っているのは人事部と上司だけだが、その人のポジションや日頃のやり取りでだいたいの予想ができる。
啓人は最高の評価で千尋はその逆というのが、多くの人が持っている印象なのだろう。
実際、前回の千尋の査定は目標よりも低いものだった。自分なりに真面目に仕事に取り組んでいたのに全然評価されていないのが残念で、さすがに落ち込んだ。
でも啓人が『ほかの人にわかってもらえなくても、俺は千尋のがんばりをわかってるから大丈夫だよ』と慰めてくれたから、千尋は翌日から気持ちを立て直すことができた。当時は彼の優しさに救われたと思っていた。
「その評判もおかしいんだよね。千尋はちゃんと仕事をしてるのに。辻浦に押しつけられた仕事だってしっかりこなしてたじゃない」
「でも私に、これといった成果がないのは本当だよ」
「それはサポート役だからでしょ。あと千尋は控えめだから、目立たないのもあるかも」
文美が不服そうに、眉根を寄せる。
「うん……」
「うん……土曜日に会ったときに別れようって言われちゃったんだ」
「理由は言ってた?」
「……私の察しの悪いところが嫌になったんだって。これ以上一緒にいても得られるものがないとも言われた。でも一番の原因はほかに好きな人ができたからだと思う」
千尋がうなだれながら事情を説明すると、文美は残念そうに眉尻を下げた。けれど驚いた様子はまったくなかった。
「好きな人って葛城理沙さんじゃない?」
千尋は目を見開いた。
「どうして知ってるの?」
「見てたらわかるよ。辻浦はあきらかに葛城さんのこと狙ってたもの。ふたりで帰っていくところを何度か見かけたし噂にもなってたしね」
「そうなんだ……私も少し前にそんな噂は聞いたんだけど信じてなかったんだ」
文美がそうだろうと納得したような表情でうなずいた。
「千尋は辻浦を信じきってたもんね。だから私もなかなか言い出せなくて、結局迷っている間にこんなことになっちゃったんだけど。やっぱり早く千尋に話しておけばよかった、ごめんね」
文美の顔に後悔が浮かぶ。
「文美は悪くないよ。もし話してくれてもそのときの私は誤解だって思っただろうから。彼が心変わりをするなんて考えたこともなかったんだ……馬鹿だよね」
今考えると不思議なくらい千尋は啓人を信じきっていた。
「それだけ彼が好きだったってことだよ」
文美の言う通りだ。初めての恋人だからというだけでなく、彼が千尋を認めてくれたことがなによりうれしかったのだ。
ほかの人なんて目に入らず彼だけを一途に思っていた。
「でもね、千尋のためだと思うから言うけど、辻浦のことは早く忘れた方がいいよ」
断定の言葉に、千尋は息をつめて文美を見つめた。
「そうだよね……わかってるんだけど……」
「心変わりをするのは仕方ないとしても、千尋が動揺している間にデマを広めるなんて悪質すぎる」
「……啓人はどうしてそんな嘘を言いふらすのかな?」
「たぶん、千尋が啓人と付き合ってたってばらしたら困るからだよ。ストーカーってことにしておけば、千尋が後からなにを言っても信じる人は少ないだろうから」
千尋は唇をかみしめた。
文美の推測があたっていると思った。
おそらく啓人は、千尋と付き合っていた事実を、同僚……とくに理沙に知られたくないのだろう。
「辻浦のやったことは最低だよ。そんな人とは別れて正解。きっとその方が幸せになれる」
文美が真剣に千尋のためを思って言ってくれているのが伝わってくる。
「うん。わかってる」
文美が言うことは今の千尋にはつらいことだけれど、きっと正しい。
啓人の態度は普通ではないし、いつまでも未練を持っていても、幸せになれない。だから早く忘れた方がいいのだ。
文美が痛ましげに目を細めた。
「後輩に聞いたらね、辻浦は千尋をストーカー扱いしただけじゃなくて、かなりひどいことを言ってるの」
「……どんなふうに言ってるの?」
「仕事もろくにできなくて、辻浦になにかと依存してばかりで重荷だったとか。とにかく千尋を駄目な女扱いしてるの。最悪なのはそれを信じてしまっている人が多いってこと。辻浦が被害者になってる」
文美が信じられないというようにため息をついた。
「彼はみんなに好かれているし信頼されているからね……」
同僚たちは影が薄い千尋の仕事ぶりなんて、気にしたことがないだろう。啓人の言い分を信じて駄目な女だと思っても仕方がない。
(私は直属上司からも、あまり評価されていないし)
御門都市開発では一年に一度人事査定があり、昇進や昇給などが決定する。
査定の内容を知っているのは人事部と上司だけだが、その人のポジションや日頃のやり取りでだいたいの予想ができる。
啓人は最高の評価で千尋はその逆というのが、多くの人が持っている印象なのだろう。
実際、前回の千尋の査定は目標よりも低いものだった。自分なりに真面目に仕事に取り組んでいたのに全然評価されていないのが残念で、さすがに落ち込んだ。
でも啓人が『ほかの人にわかってもらえなくても、俺は千尋のがんばりをわかってるから大丈夫だよ』と慰めてくれたから、千尋は翌日から気持ちを立て直すことができた。当時は彼の優しさに救われたと思っていた。
「その評判もおかしいんだよね。千尋はちゃんと仕事をしてるのに。辻浦に押しつけられた仕事だってしっかりこなしてたじゃない」
「でも私に、これといった成果がないのは本当だよ」
「それはサポート役だからでしょ。あと千尋は控えめだから、目立たないのもあるかも」
文美が不服そうに、眉根を寄せる。
「うん……」