宿命の王女と身代わりの託宣 -龍の託宣4-
(これってば、キスのサイン……?)

 リーゼロッテは思い切ってぎゅっと瞳を閉じた。差し出すように顎を上げ、心づもりをしてその時を待つ。
 心臓が口から飛び出しそうな中、しかし待てども唇に何かが触れてくる感触はない。目をつむったまま、リーゼロッテの背に冷たい汗がたらりと伝う。

(もしかして勘違い……?)

 だとすると恥ずかしすぎる。どうやって誤魔化すべきか途方に暮れそうになった時、頭上でガンっとガラス戸が大きな音を立てた。
 ガン! ガン! と立て続けに鳴る音に、驚いて目を開く。それを鳴らしているのは誰でもない、頭上で(ひたい)を打ちつけるジークヴァルトだった。

「ヴぁ、ヴァルト様!?」

 最近では見なくなっていたが、以前からジークヴァルトには自虐(じぎゃく)趣味があるようだった。この頭突き行為をはじめ、いきなり自分の頬を叩いたり、腹にこぶしをめり込ませたり、そんな場面をリーゼロッテは今まで幾度も目にしてきた。

「大丈夫だ、問題ない」

 額を赤く腫らしたまま、涙目でジークヴァルトはそっけなく言った。とてもではないが大丈夫には見えない。まったくもって問題ありありだ。

(わたしも女王様になりきって、今から(むち)を振るう練習をしておいた方がいいのかしら……)

 そんなことを考え、リーゼロッテまでが涙目になった。

 いつから見ていたのか、「旦那様」と呆れたようなマテアスの声がした。ようやくジークヴァルトの手が離れて、リーゼロッテはほっと息をつく。

「エデラー男爵が最後にご挨拶をとのことです」
「ああ、わかった」

 ジークヴァルトが男爵と会話をしているうちに、こそりとマテアスに話しかけた。エラには相談しにくいデリケートな内容だ。子供のころからそばにいるマテアスなら、この性癖に対していいアドバイスをくれるに違いない。

「あの、マテアス……ジークヴァルト様は、その、自虐趣味がおありなのよね?」
「は……?」

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