宿命の王女と身代わりの託宣 -龍の託宣4-
「フーゲンベルク公爵はここにおいでか?」

 突然扉が叩かれて、びくっと体が跳ねた。この声はキュプカー侯爵だ。ジークヴァルトが扉を開けると、キュプカーは近衛騎士の姿だった。今日は護衛として夜会に参加しているのだろう。

「こんな時にすまない。副隊長に少し確認したいことが」

 警護の関係で近衛騎士隊長として話があるようだ。ジークヴァルトは騎士団ではキュプカーの部下にあたる。眉間にしわを寄せつつも、ジークヴァルトはリーゼロッテを振り返った。

「すぐに戻る。鍵をかけたら誰が来ても絶対に開けるな」
「わかりましたわ。こんなこともあろうかと、今日はこちらも持ってきておりますので」

 忍ばせておいた香水瓶を取り出すと、リーゼロッテはそれをしゅっとひと吹きした。一気に部屋の中に清浄な空気が広がっていく。これはリーゼロッテの涙入りスプレーだ。薄めて振りまけば、異形の者がご機嫌になる謎アイテムだった。

「もちろん原液もありますわ」

 これがあれば大概の異形の者は浄化できる。どや顔で涙の小瓶を掲げたが、ジークヴァルトはいまだに不安顔だ。

「それでも絶対に開けるなよ」
「承知しておりますわ」

 笑顔で頷くとジークヴァルトは部屋を出ていった。すぐさま内鍵をひねる。わざと大きな音を立て、しっかり締めたことをアピールした。しかし外からノブが回され、きちんと鍵がかかっていることを確認されてしまった。

(ヴァルト様って本当に心配性よね……でもあんな神託が降りたんだもの。自分でもちゃんと注意しなくちゃ)

 クリスティーナ王女が言うには、新たに降りた神託は自分を守るためのものらしい。身の危険と言われて真っ先に思い浮かんだのは、(くれない)のしるしを持つ異形だった。

 グレーデン家の長い廊下。デルプフェルト家の夜会。突然目の前に現れたあの女は、星を堕とす者と呼ばれる禁忌(きんき)を犯した異形の者だ。
 龍の意思に(そむ)き、その鉄槌(てっつい)を受けた者。それが星を堕とす者だ。龍の烙印(らくいん)と呼ばれる紅玉のしるしを持ち、紅い(けが)れを(まと)っている。

(でもジョンも星を堕とす者だったわ……)

 いつも枯れ木の根元で泣いていたジョンは、繊細でとてもやさしい異形の者だった。愛するオクタヴィアを思うあまり、ジョンは罪を犯してしまった。それを禁忌の異形にしたのは、龍自身に他ならない。

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