宿命の王女と身代わりの託宣 -龍の託宣4-
「男爵家のお前ごときをわたしの愛人にしてやるんだ。ありがたく思うんだな」
「えっ!?」

 不穏(ふおん)な台詞に、エラは驚きの声を上げた。この男はただの火遊びを望んでいるわけではないようだ。こんな人間に捕まったら、後々厄介になるのは目に見えている。自分の名誉だけでなく、実家やリーゼロッテにまで迷惑がかかるだろう。

(相当酔っているようだから、多少の不敬は仕方ないわよね)

 マテアス直伝の護身術を用いれば、酔っぱらい相手に負ける気などしない。再び手を伸ばしてきた男に、エラは隙なく身構えた。

「わたしも運がいい……女帝が死んだ今、いい金ずるを見つけたものだ」

 男の言葉にはっとなる。
(そうだわ、この男……確かグレーデン侯爵の従弟(いとこ)だったはず……)

 グレーデン家はウルリーケの死後、利権をめぐったいざこざが絶えないでいる。今までおいしい思いをしてきた者が資金源を失い、新たに取り入る人間を求めているらしい。社交界ではそんな噂が絶えず囁かれていた。

 エデラー家は低爵位であるものの、事業が波に乗り資産だけは潤沢(じゅんたく)だ。この男はよさげな相手を物色中に、たまたまエラに目を留めたのだろう。しかしウルリーケに近しい者はその死を(いた)み、夜会など華やかな席はみな()けているはずだった。

「あなたはグレーデン侯爵家の縁故の方ですね。ウルリーケ様の喪に服されているはずのお方が、なぜこの場にいらっしゃるのでしょう?」
「う、うるさい! つべこべ言わずにわたしの物になれ!」

 早朝の鍛錬を欠かさなかったおかげで、エラは冷静でいられた。手首を乱暴に掴まれたが、逆に男の腕をねじり上げる。酔った人間相手では、今のエラにとっては造作もないことだ。

「小娘が! 不敬罪で身を滅ぼしたいのかっ!」

 (つば)を飛ばしながら大暴れする男を前に、エラは動揺して手を(ゆる)めた。どこまで本気でやってしまっていいのか躊躇(ちゅうちょ)する。その一瞬の迷いが形勢を逆転させた。喉元(のどもと)を掴まれ、エラは壁に叩きつけられた。

「ぐっ……!」

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