宿命の王女と身代わりの託宣 -龍の託宣4-
 静かな声がいつものように(さえぎ)った。思わず(にら)みつけるも、やはりいつものように静かな瞳に見つめ返されただけだ。
 この遥か彼方を見ている金の瞳が、ハインリヒはずっと嫌だった。幼いころからディートリヒは自分のことなど目に映してなくて、いつだってここではないどこか遠くを見つめていた。

「分かりました……見苦しい姿をお見せして申し訳ありません」

 おざなりに礼を取り、ディートリヒの顔も見ずにその場を去った。自分が何をしようとも、父王は昔から常に無関心だ。
 アデライーデに傷を負わせた時ですらそうだった。あの痛ましすぎる出来事も、ディートリヒの前では龍の思し召しでしかないのだろう。

 唯一あったとすれば、昨年の冬、新年を祝う夜会でのことだ。あの夜、父に背を押されなければ、自分はアンネマリーを諦めていたかもしれない。

(……あれからもう一年か)

 今年も残すところ(わず)かとなった。アンネマリーという唯一無二の(つがい)を得て、自分は今、気負いなく自分で()れている。彼女を託宣の相手に選んだのは龍に他ならない。そのことに関しては、ただ感謝しかなかった。

 この国は青龍により守られている。幼いころからそう教えられて育ってきた。だが龍に翻弄(ほんろう)される多くの者の姿を思うと、その加護を疑いなく妄信することなど、ハインリヒにはどうあってもできはしない。
 婚姻に関することだけでなく、降りる託宣の内容は様々だ。中には過酷な運命を背負わされる者もいる。それはあまりにも(むご)すぎて、自分の抱える苦悩など、吹けば飛ぶほどの塵芥(ちりあくた)に思えてくる。

 龍は真に正しき存在なのか――

 その答えがあの瞑想の果てにあるのだとしたら、次代の王としてそこから逃げるわけにはいかなかった。例えどんな真実が待っていようとも。

 (なまり)のように重い気持ちを抱えたまま、ハインリヒはアンネマリーの待つ自室へと戻った。

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