宿命の王女と身代わりの託宣 -龍の託宣4-
 ハインリヒ誕生の前後から、ジルケは前王妃セレスティーヌの元へと頻繁に呼ばれていたと聞く。アンネマリーの母親だけあって、なかなか豊満な胸の持ち主だ。
 頬を膨らませ微妙に距離を開けたアンネマリーを、ハインリヒは慌てて抱き寄せた。

「誤解だ。そんな記憶もない赤ん坊の頃の話を持ち出されてもだな……」

 唇を尖らせて顔を背けるアンネマリーを、どうにかこうにか(なだ)めている。そんなふたりを見やり、してやったりとカイは必死に笑いを(こら)えていた。

「祝いの(はなむけ)はそれくらいにしておやりなさい」
 いたずらな笑みを()くイジドーラに、カイは同様にいたずらな目配せを返した。

「分かってくれ、アンネマリー。わたしには君しかいないんだ。アンネマリーだけがいればいい。本当だ、信じてくれ」

 必死に言葉を並べるハインリヒに、アンネマリーは根負けしたように口元に笑みを乗せた。困り果てた顔に片手を添えて、反対の頬に口づけを落とす。

「ちゃんと分かっているし、怒ってなどいないから」
「よかった……アンネマリーに嫌われたら、わたしはどうしたらいいのか分からない」
「わたくしだって、触れたいのも触れてほしいのも、ハインリヒ、あなただけよ」
「ああ、わたしもだ」

 生温かい周囲の視線をよそに、ふたりきりの世界で抱きしめ合う。そんな中、ふとハインリヒの瞳に影が落ちた。
「だが……わたしには、ひとりだけ……会いに行かねばならない女性(ひと)がいる」

 苦し気に耳元で紡がれた言葉に、アンネマリーはシャツの背をぎゅっと握りしめた。ハインリヒが言っているのは、かつて守護者が傷つけたという令嬢――アデライーデのことだと悟る。

「すまない……」
「何があったとしても、わたくしはハインリヒと共にありますわ」

 やわらかい髪に手を差し込んで、アンネマリーは(いた)わるようにやさしく撫でた。ハインリヒの腕に力がこもる。

「ありがとう、アンネマリー……」

 その後、殺人的なスケジュールの合間を縫って、ハインリヒはアデライーデを呼び出したのだった。

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