宿命の王女と身代わりの託宣 -龍の託宣4-
     ◇
「ハインリヒ様ー、お待ちかねの方がいらしてますよー」

 軽いノックと共にカイが執務室に顔を出した。その後ろに騎士服姿のアデライーデがいる。強張った顔で席を立つと、アデライーデはハインリヒの前まで歩を進めてきた。

「責任を持ってハインリヒ様の骨は拾っておきますので、どうぞ心置きなく」

 そんな言葉をアデライーデに残して、カイは部屋を出ていった。耳に痛い沈黙の中、アデライーデが瞳を伏せて騎士の礼を取る。

「呼び立ててすまない。本来ならわたしが(おもむ)くべきなのに……」
「いえ、王太子殿下は今大事なとき。王位を継ぐ準備のために、休む(いとま)もなく過ごされていることでしょう。この度はアンネマリー妃殿下のご懐妊おめでとうございます。お仕えする身として至極のよろこびでございます」
「ああ、ありがとう……今は人目もない。礼は不要だ」

 硬い顔のままハインリヒはアデライーデの正面に立った。アンネマリーが託宣の子供を宿した今、ハインリヒに守護者はついていない。アデライーデも呼ばれた理由は分かっているはずだ。

「今こそ、あの日の約束を果たしてほしい」
「そう……じゃあ、遠慮なく一発殴らせてもらうわ」

 アデライーデは表情なくハインリヒを真っすぐに見つめた。上下にかかる傷痕が、右目の眼帯から垣間見える。
 (おのれ)の愚かな行いが、今なお彼女の美しい顔に刻み込まれている。ハインリヒの顔が苦しげに歪められた。

「まずはそこに(ひざ)をつきなさい」

 床に向けられた指先に、頷いて両膝をつく。ハインリヒを冷たく見下げ、アデライーデは一歩前に出た。次いでぼきりと(こぶし)を鳴らす。

「覚悟はできてるわね?」
「ああ、思う存分やってくれ」

 瞳を閉じた暗闇の中、ふっと笑った気配がした。

「歯を食いしばりなさい!」

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