宿命の王女と身代わりの託宣 -龍の託宣4-

第15話 愛おしい日々

「ミヒャエル司祭(しさい)枢機卿(すうきけい)が?」
「はい、王位継承の儀が行われた日に、牢の中で自害したそうです。表向きは病死ということで処理されましたが」
「……そう」

 カイの報告を受けて、イジドーラは言葉少なく窓の外を眺めた。

 王妃の座を退いて、今はディートリヒと共にこの後宮で過ごしている。肩の荷が下りたと言うのが正直なところだ。
 だが不慣れなアンネマリーをサポートする役目はしばらく必要だ。身ごもっている彼女の代わりに、公務に(おもむ)くことも出てくるだろう。

 まだここに自分の居場所はある。この胸にハインリヒの子を抱くまでは――。

「イジドーラ様はどうしてあの時、司祭枢機卿を(かば)ったんですか?」

 思考を(さえぎ)るようにカイが問うてくる。イジドーラがあそこまでして助けた命だ。しかもミヒャエルの死は、恩赦(おんしゃ)で罪が軽減されることが決まった矢先の出来事だった。不満を含ませたその言葉に、イジドーラは静かにカイを振り返った。

「言ったでしょう? わたくしはあの者の吹く笛に救われたことがあると」

 カイもあの()を一緒に聞いていたはずだ。もっとも当時のカイはまだ幼かった。覚えていなかったとしても無理ないことだろう。

 生家ザイデル公爵家の謀反(むほん)。セレスティーヌの死。先の見えない幽閉の日々の中、次々と起こる悲劇を前に、イジドーラはなす(すべ)もなかった。

 ――もういっそ自ら命を断ち切ろう

 反逆者として死刑を迫られて、短剣をこの手に握りしめた。生きることすべてを諦めようとした時、ふいに三日月の空に響いてきたのがあの笛だった。セレスティーヌと過ごしたしあわせな日々が、瞬時にイジドーラの内に蘇る。

 はじめて彼女に目通りした日、なんと美しく気高いひとかと衝撃を受けた。セレスティーヌが亡くなるその日まで、何度も(かよ)った王妃の離宮。王城から続く長い廊下の庭からも、よくあの笛の音が聞こえてきた。

 離宮の奥庭のガゼボで本を読みふけっているときも、時折その旋律はこの耳に届けられていた。その笛は若い神官が奏でていることを、イジドーラはそのガゼボで盗み見た。その時の神官がミヒャエルなのだと気づいたのは、王妃となって随分と経ってからのことだ。

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