宿命の王女と身代わりの託宣 -龍の託宣4-
 あの笛は満たされていた日々の象徴だった。胸を締めつける旋律は、イジドーラの記憶(とき)をたやすく巻き戻す。

 細い月を見上げ、セレスティーヌが(のこ)した言葉を思い出した。最期(さいご)に交わした大切な約束だ。それをどうして忘れてしまっていたのだろうか。
 自分にはまだやらねばならないことがある。それはイジドーラが生きる理由を思い出した瞬間だった。

 思えば、幼かったカイをも見捨てようとしていた。狂った姉に傷つけられ、味方すらなくどこにも行き場のなかった(おい)だ。
 そのカイを置いて自死を選ぼうものなら、血を流し続ける傷がさらに深まるのは当然のこと。己のしようとしていたことの愚かさに、今さらながらイジドーラは気づかされた。

「カイ、こちらにいらっしゃい」

 あの頃は、なぜ姉があんなにもカイを拒絶するのか、イジドーラにはまるで理解できなかった。その理由を王妃になった時に知り、同時に自分の無力さも知った。

 素直に近づいてきたカイを抱きしめる。姉ゆずりの灰色の髪を、幼子にするようにやさしく撫でていく。

「今までハインリヒのため、よく尽くしてくれたわね。これからはカイ、あなた自身のために生きるといいわ。わたくしができることはなんでもしてあげるから」
「……うれしいお言葉ですが、今イジドーラ様にしていただきたいことと言えば、すぐにでもこの手を離してほしいということなんですが……」

 なぜか身を強張(こわば)らせているカイの視線の先を見やると、そこにはディートリヒがいた。かなり不機嫌そうにカイを睨んでいる。

「ディートリヒ様。お戻りになられていたのですね」
「イジィに会いたくてすぐに済ませてきた」
「まぁ、お(たわむ)れを」

 カイから離れると、ディートリヒが即座に手を引いてくる。それを呆れたように見やり、カイはさらに一歩下がって大げさに礼を取った。

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